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  • 執筆者の写真笑下村塾

東大法学部から三井物産、ハーバード大学大学院、34歳で政治家に・・・超エリート、林芳正議員の素顔に迫る

政治家のパーソナルな部分にまで踏み込んで質問することで、その人となりを知り、有権者に投票するときの参考にしてもらおうというインタビューシリーズ。今回は、自由民主党の林芳正議員です。なぜ政治家に?奥さんとのなれそめは?もし総理になったら?その人柄にジャパンエフエムネットワークのラジオ番組「PEOPLE~たかまつななの政治家とだべろう~」にて迫りました。(取材:たかまつなな/笑下村塾)


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林芳正さん:62歳。1961年(昭和36年)生まれ。山口県下関市出身。東京大学法学部卒業後、三井物産に入社。3社で会社員生活を送ったのち、1991年、ハーバード大学大学院に入学。1994年、ハーバード大学ケネディ行政大学院修了。34歳で参議院議員選挙に初当選。5期26年務めたのち、2021年に衆議院議員選挙で当選。9月まで岸田内閣の外務大臣。

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商社に就職後、政治家に


ーー林さんは、岸田内閣で外務大臣を務めたほか、これまでに防衛大臣、内閣府経済財政担当大臣、農林水産大臣、文部科学大臣などを歴任されています。すごいご経歴ですね。


林:いろいろやらせていただきましたね。それぞれ違った分野なので、どこかの役所に行ったことが役に立つ場合と立たない場合がありましたね。


ーーそもそも政治家を志したのはいつごろだったんですか?


林:比較的遅くて、三井物産に入社したあとなんですね。うちは父親も政治家だったので。(最初は)政治家にならない道ということで、民間で商売をしたいということに加えて、海外に行きたいというのがあったので、商社を志望して運良く入れたので。


ーーお父さんにあとを継ぐように小さい頃から言われていたんですか?


林:全く言われなかったですね。父親もお役人だったので、出馬したのは私が小学3年生ぐらいのときでした。大学に進学するときだけえらい学部にこだわられてびっくりしたことはありましたけど、それ以外は本当に放任で、会社に入るときも自分のやりたいようにやれということでしたね。


ーー法学部というのはお父様の強いご意向があったんですか?


林:高校時代は数学も割と嫌いじゃなかったので、経済学部が面白そうだねって言ったら、やっぱり法学部だって。自分が法学部だったこともあったとは思いますけどね。


バンド三昧だった学生時代


ーーどんな大学生だったんですか?


林:高校時代からずっとバンドをやっていたので、バンド三昧でした。さらに合唱団にも入って指揮者をやっていました。


ーー音楽お好きなんですよね。議員4人からなるバンド「ギインズ」ってすごいですね。


林:ギインズのきっかけは、たかまつさんがやっておられることとちょっと似ているんですが、若い人に政治に興味を持ってもらいたいと。我々も30代で初当選でしたので、若者が政治に無関心だとよく言われていて、じゃあ演説会で説明することを歌詞にしたら多少は届くかなというのが最初のスタートでした。インディーズですけど、アルバムは2枚ほど出していますね。


ーー外務大臣時代の一昨年の12月には、イギリスで開催されたG7に行って、「Imagine」をピアノで即興演奏されたそうですね。


林:イギリスのリヴァプールでG7の外相会合が開かれるということで、私は大のビートルズファンなので、行く前からウキウキしていたんですけど、夕食会の会場がビートルズ博物館でイギリスのおもてなしの一環だった思います。ジョン・レノンの白いピアノがあるところで記念撮影しようということで「林さん座れ」とか言われて。弾いてもおかしくない雰囲気づくりをしてもらったんじゃないかと思います。


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林さんの好きな1曲は、小田和正さんの『風を待って』。好きな理由は、「今は戻れないから大切なんじゃなくて、今を重ねて明日に繋がっていくっていうところ」だという。

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妻とは学生時代にクリスマスパーティーで・・・


ーーお父様も政治家だったということで、世襲の議員さんっていいのか悪いのか、テーマに挙がることがありますが、どういうふうにお考えですか?


林:私も初当選のときから世襲議員批判は常に言われていて。反論するというより、自分が仕事をやって実績を残していくことによって、こちらを見てくださいと言うしかないと思っていますけどね。28年経ちましたのでね。


ーー逆に、世襲の議員さんだからこそのいいところはありますか?


林:私は一回就職してから、父親の背中を見て「政治家っていいな」って思いましたので、そういうモデルが1つあったということ。それと、選挙の手伝いもしていたので、これだけ大変なことがあると知った上で(政治の世界に)来ているので、こんなはずじゃなかったというのはあまりなかったかもしれませんね。


ーー1995年に34歳で初当選されていますが、ご結婚されたのは政治家になる前の1990年ということです。奥様は現在、山口大学大学院の特命教授を務められていらっしゃるそうですが、奥様との出会いは?


林:学生時代にクリスマスパーティーをやっていて、そこに妹の同級生として来たのが最初だったなと。そのときは私も彼女がいて、向こうも彼氏と一緒に来ていて。それからだいぶ時間が経って、私は会社を辞めて地元に帰って留学へ行ってという段階で。せっかく留学に行くんだったら結婚してから行ったほうがいいかなという気持ちになっていて。向こうも就職していたときにもう一度出会いがありましてね。


ーー林さんから告白されたんですか?


林:もちろん。一緒にアメリカに行こうって言って。


ーーかっこいい、言われたい。何それ。すごい。ご結婚のポイントはどんなところだったんですか?


林:お互いに非常にタイミングが合っていたと。特に私は今から留学に行く予定になっていましたし、彼女はまだ会社に入ってそんなに年も経っていなかったので、よく決断してもらったと思っていますけども。自分の妻になるっていうことに加えて、自分たちの子どもの母親になるっていうところもちょっとあって。母親像としてこういう人がいいのかなって思った記憶がありますね。


ーーどういうところですか?


林:結構厳しくピシッとやるようなところがあって。熱心に子育てをするんだろうなと。お世話をするだけじゃなくて、時には厳しいことも言えるっていうところですね。


ーー林さんにも厳しいことを言われるんですか?


林:大学の先生もやっているので、政策にも多少興味を持っていて、うちに帰ってからも討論会が続いているみたいなね。


ーーめっちゃ憧れます。家で政治の話、めっちゃしたいんですよ、私。


林:適度なところで終わらないと疲れますけどね。ただ、こういう視点でこういう質問が来るんだなと非常に勉強になることもありますね。




パレスチナの問題、日本が果たすべき役割は?


ーー外務大臣のときには、ウクライナを訪問してゼレンスキー大統領とお会いされていました。どうでしたか? 


林:ものすごくストレスがかかっているなと。疲れているって感じじゃないんですけど、ストレスを継続的に感じていらっしゃるのかなというイメージがありました。


ーーG7でゼレンスキー大統領が広島に来て突然来てびっくりしたんですけど、ああいうのは準備とか大変だったんですか?


林:広島に来られるということは、直前まで実は決まっていなくて。総理がウクライナに行かれたときに、ぜひオンラインで参加をしてくださいと。戦争をやっていますから、日本に来るだけで2日、3日ウクライナを離れることになりますし、オンラインでの参加ということで合意していたんですが、G7の首脳に加えて、招待国といって、ブラジルだとかインドネシアだとか、いろいろな方が来られるということになって。おそらくそれを見て、広島に行けばそういう方ともいっぺんにいろいろお話ができるということもあって、自ら行きたいということになったのかなと受け止めていますけどね。


ーー今、イスラエルの情勢をどうみていらっしゃいますか?日本はどうするべきですか。


林:これは非常に長い歴史のある問題で、なかなか答えが見つかりにくい問題だと思うんですね。ただ日本は実はアラブ、パレスチナから見ても、イスラエル側から見ても中立的に見えると。宗教もほとんど仏教徒が多いですし、離れているのであまり長い歴史の中であそこはあのときこうだったというのがない分、非常に両方とうまく付き合って国交関係もあります。日本が中立的な、第三者的な立場で間に入っていろいろな話をするのは、大事だと思います。


総理になったら成し遂げたいこと


ーー参議院から衆議院に鞍替えされて、将来は総理を目指されていると思うんですが、来年の総裁選には出られるんですか?


林:同じ宏池会の岸田総理が現職ですから、来年はそれを支えて再選を確実にするのが私の仕事だと思っています。宏池会で岸田さんが会長で、私は座長というナンバー2なので、これをしっかり支えるということですね。いずれはという志はしっかり持ち続けていきたいと思っています。


ーーでも岸田政権が長くなったら、林さんが出るタイミングが難しくなりませんか?


林:28年間ずっといろいろな人を見てきて、タイミングがあるんですね。大臣はコツコツやって当選回数も重ねて、やっておられる方がたくさんおられますけども、トップ、総理、総裁というのはよく言う、天の時、地の利、人の和、天地人ですかね。これがピタッと合わないと、なかなかできないところはありますね。


ーー総理になったら成し遂げたい政策はどんなことですか?


林:GDPが増えて経済成長するのは大事なことですが、GDPが大きくなればそれだけでいいのかということはしっかり考えたいと思っています。自然に囲まれているとか、家族団らんの時間があるとか、そういうのはGDPに出ないんですね。極端な例では、みんなが健康になって薬の売上が減るとGDPは減るんですね。GDPの統計の取り方では、もう少し全体の指標で生きがいとか幸せとかを感じてもらえる方向性を出していければと思います。



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林さんは現在、62歳。同い年の有名人は、WBCの日本代表の栗山監督、哀川翔さん、DJ KOOさん、オバマ元大統領やジョージ・クルーニーさんなど。同年代のスターは、浅野温子さん。

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ーー今までいろいろな国の若者と話されていると思うんですけど、日本の若い人に伝えたいことはありますか?


林:私が政治を志すきっかけは、会社に入ってからだと申し上げたんですけど、会社に入って海外に行くと、日本はすごいなとか日本は素晴らしいなって逆に思うんですね。こんなに治安が良くて、みんな親切で、街はきれいだし、そういうのは当たり前じゃないんだなと気付くんですね。


今でも覚えていますけど、中南米に出張で行ったときに、隣の国で戦争をやっていたりして、バンバンその映像が流れてきて、映画だと思ったら本当に戦争をやっていたりとか。物産のオフィスに行ったら「林君、今日大丈夫だった?」って言うから「え?」って言ったら「1階で銀行強盗があったんだよね」とか。そういうことが日常茶飯事なので。


日本が資源もない中でここまで来たのは、政治もしっかりして教育をしっかりやって、人の資本を作ったからだと思うんですね。この仕事でアフリカとかに行くと、教育や科学技術の力で日本みたいになりたいという国はものすごい多くて。エジプトでも日本の学校制度をそのまま持っていきたいと大統領が旗を振っていたりする。ぜひ海外に行って日本と比べてみてほしいですね。


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