「消えた方が楽」と感じていた葵さんが「学校にこだわらなくてもいい」と思えるようになった理由
- 笑下村塾
- 22 時間前
- 読了時間: 10分
学校に行きづらくなったのは、同級生からのいじめがきっかけ。でも本格的に不登校になったのは、担任教師の一言が原因でしたー。朝井葵さんは、小・中学生時代のことをこう振り返ります。「早く、この世からいなくなりたい」と日記に綴っていた朝井さんが社会を動かそうと行動するようになったのは、高校時代にあるプロジェクトに参加したことがきっかけでした。大学生になった朝井さんに話を聞きました。
(このインタビューは2026年1月19日に行いました)

教師から言われた「女の子なんだからスカートを履きなさい」
小さないじめが始まったのは幼稚園の頃。性格も容姿も女の子らしくなくて、それをよく思わない人がいることは痛感していました。小学校に入ると「男友達が多い」とか「なんとなく気にいらない」という理由で本格的にいじめられるようになりました。
でも、同級生以上に怖かったのは先生です。不登校がちになると、両親が学校に呼び出されて「娘さんが不登校になるのは、あなた方のせいじゃないんですか」と言われたんです。そこから本格的に不登校になりました。
中学校の制服はスカートかスラックスを選べました。最初はスカートを履いていたけど、「自分は女です」と突きつけられているような感覚が本当に苦手だった。スラックスを買ってもらって履くと「こんなに生きやすいんだ」って感じました。
でも、保健体育の先生から「協調性がない。みんな履いているんだからスカートを履きなさい。女の子なんだから」と言われたんです。学校内でみんなが見て見ぬふりをする中、新任の先生が1人だけ私の話に耳を傾け、助けようとしてくれました。でも、その先生の立場もあるため、声をあげ続けると肩身が狭くなってしまう。危ない橋を渡らせられないと思い、途中で「もういいです」と伝えました。
私は自分の性別を決めないという選択をしています。よく間違えられますが、トランスジェンダーではないんです。でも学校だとトランスジェンダーと同じような対応をされがちでした。もし私がトランスジェンダーだったら、先生は「スカートを履きなさい」という発言をしなかったのかもしれません。
学校にとってトランスジェンダー以外の性的少数者の存在は、不都合なものなのだろうと思っていた。だから「トランスジェンダー」という枠組みを作り、それに沿って対応することで、学校としてはぎりぎり許容範囲の生徒を作り出しているように見えます。そのため、「スカートを履きたくないならトランスジェンダー」と決めつけるし、「違うならスカートを履け」と言ってしまうんだろうな、なんて考えてしまうときもありました。
中身が空っぽのまま、毎日を過ごしていた
小学校2年から高校2年まで、ずっと、生きるのが辛いと思っていました。周りと少し違うから虐げられるのであれば、ここから消えた方が楽なんだろうな、と。死ぬ勇気がないからこそ、ただただ生かされてるだけというか、ずっと中身が空っぽのまま毎日を過ごしている感じ。生きてるんだか死んでるんだかわかんない、みたいな日々が続いてました。
両親が悲しそうにしている顔を見るのがしんどくて、心が痛かった。スラックスを買ってもらって自分らしく生きているはずなのに、学校では否定されて、泣いて帰ってきて……。心配させてしまうのが1番辛かったです。
中学2年生の時に、どうしようもなくなってラジオ番組に悩みを送りました。そしたら生放送に出ることになり、パーソナリティーの方が泣きながら話を聞いてくれたんです。自分のために泣いてくれる大人に親以外で初めて会って、「ちょっと大人を信じてみようかな」と思えました。
高校でも「レズビアンなんでしょ」「トランスジェンダーなんでしょ」と決めつけられ、怖がられることもありました。でも担任がすごくいい先生で、受け止めてくれたし、受け止める努力もしてくれた。過干渉することはないけど、何かあれば絶対に助けてくれる味方でいてくれるというスタンスが伝わってきました。
その先生が「面白そうな企画がある」と教えてくれたのが、群馬県の「高校生リバースメンター」という制度でした。「学校現場を変えるのは難しいけど、トップの人(知事)から現場に、私の思いを伝えてもらうことができるかもしれない。滅多にないチャンスだから」と。詳しいことはよくわからないまま好奇心だけで応募しました。
※群馬県のリバースメンター制度は、高校生が知事の相談役となり、現役官僚や専門家のサポートを受けながら自身の問題意識を政策提言としてまとめ、知事に直接届ける取り組み。日本の公教育現場では初めて群馬県が導入し、現在は国内の3自治体に広がっている。
私の他にも9人の高校生メンターがいて、みんなから刺激を受けながら「制服・頭髪に関する男女の区別の撤廃」と「教員に対する性的少数者支援についての講演会に強制力を」という二つを知事に提言しました。
その年は、目に見える政策としては動きがなかったんですけど、テレビの取材を受けたり、生活補導の先生100人くらいの前でお話をする機会をいただいたりすることができました。「過去にこういう対応をしちゃったことがあるんだけど、間違ってたのかな」と話しかけられ議論をすることが増え、「大人も当事者の話を聞く機会がなかったのかも」と感じました。

関心を持ってしまったから、元の自分には戻れない
今の自分がいるのは、同じ時期にリバースメンターをした9人のおかげだと思います。自分の性別について、期間の終わり頃に「聞いちゃダメかもしれないけど」と前置きした上で質問されたんですけど、話をしたら「葵は葵だから、なんでもいいや」と言ってくれました。
その言葉をかけられたのは、学校内でトランスジェンダーだと決めつけられたり、学ランを着ていることで男だと思われたりしていて、同級生とあまり喋れていなかった時期でした。だからこそ、性別や見た目に関係なく、同じ目標に向かって走っている仲間だという認識でいてくれたことがすごく救いでした。

同期のみんな頭が良くて、話が面白い子たちです。そのうちの二人は子宮頸がんワクチンの啓発をしたいと活動していました。副作用への不安があるから批判が集まりやすいテーマだったと思うけど、顔と名前を出して主張し続ける姿はすごくかっこよかった。桜に寄生するクビアカツヤカミキリを駆除したいという男の子もいて、衝撃を受けました。ほかのみんなもそれぞれ自分の中にある思いをしっかりと伝えられるような、そんな強さをもった素敵な人たちです。「社会にはこんなに面白い人がいるんだ。こんな人たちに出会えるのなら学校にこだわらなくていいや」と思えました。
社会を変えるための行動を取ってみた結果、今は「一度関心を持ってしまったから、もう元の自分には戻れない」と実感しています。同じように、無関心のままではいられないと思っている子は日本中にたくさんいると思います。リバースメンターは、主張する機会がなかったり、大人を信じられなかったりする子たちを救い上げる制度だし、意見を言える場所が保証されているのは本当にありがたい。全国に広まっていってほしいと思っています。
だた、助けてもらった制度ではあるんですけど、私が声をあげる前に先を生きる大人たちがもう少し動いてくれていたらここまで苦しい思いをする必要はなかったんじゃないかな……と思ってしまう時もありました。
私の活動に関して大人や、周りの人は「すごいね」と言ってくれるけれど、あの過去が無かったら私は、もっと人のことを信じられたかもしれない。もう少しだけ明るい未来を想像できたかもしれない。死にたいとか消えたいとかそんなことも思わずに済んだのかもしれない。そんな「かもしれない」の世界を想像してしまいます。
行き場のない思いと、大人に対して何とも言えない感情を抱いてしまう私がいます。「なんでみんなもっと早く気づいてくれなかったの?もっと早く解決してよ」なんて思ってもしょうがないのに。大人が私のことを『すごい人』で片付けてしまうことに、ちょっと複雑な心境はあります。

「受け入れるのではなく、受け止める」
最近まで、欲求というものを理解できませんでした。三大欲求だったり承認欲求だったり。でもいろんな本を読んだり、いろんな人と出会ったりして、やっとわかるようになってきたように感じています。
高校生になると、恋愛トークが増えますよね。当時男の子と付き合っていましたが、自分も学ランを着ていたので、ぱっと見ると男子のカップルに見えていたと思います。そのせいか普通のカップルより、周りが気になることが多かったんでしょうね。興味本位でいろいろ聞いてくる人がすごく多くて、しんどかったのを覚えています。付き合っていた男の子は自分の性別のことも、見た目のことも全部理解した上で付き合っていてくれたので余計に。相手にも申し訳ないし、自分も辛いし、で。
LGBT理解増進法という法律がありますが、私は理解増進という言葉にすごく違和感を感じています。理解は増進するものじゃなくて、どちらかといえば深めるものじゃないの?と思うからです。自分が体験していないことは理解しにくいので、それを「理解しろ」とは言いたくないし、実際自分でも理解はされなくていいと思ってるんです。そんなジレンマとも戦っています。「違うから」と排除するのではなく、かと言って「理解しなきゃいけない対象」として見るのでもなく、男とか女とか関係なく「一個体」として見られるような世界になればいいのに。相当難しいことを言っているのは百も承知ですが、そんな世界になることを祈っています。
大事なのは「受け入れるんじゃなくて、受け止める」ことだと思います。こういう人もいるんだ、という事実だけを頭に入れておいてもらえれば。知識があるかないかで、その人の行動が変わると思います。本質的なところまで理解されなくても、それだけで十分だなと。

「たかが1人の生徒」と思わないで
以前は怒りだけを原動力にしていたから、言葉が強くなったり泣いたりしてしまって、自分の伝えたいことを伝えられませんでした。
母から「怒りを原動力にして動くのはもったいない」「言っていることは間違ってないけど、それはあくまで個人の経験談。他の当事者を救うためには、ちゃんとしたデータや裏付けがないと納得してもらえないよ」と言われたんです。その言葉をきっかけに勉強をしたり、いろんな人と話して視野を広げたりすることを意識してプレゼンを作るようになり、感情論で話さなくなりました。
ずっと、今まで出会ってきた大人のようになりたくないなと思ってきました。でも今思えば、その人たちにも多少なりとも理由があって、育ってきた環境なども関係があると思うので、仕方がないのかもしれません。ただ、人間としては仕方ないけど、教師としてはやっちゃいけないだろ、とは思います。失敗や間違いは誰にでもあるけど、子どもの命に直結したり、その子の人格否定に繋がる対応だったりだけはしないでほしい。完全な正解が見つからないからこそ、圧倒的不正解を踏まないで欲しい。それが今の私の願いです。
小中学校時代の先生から、当時のことを謝罪されたことはありません。おそらく私がこの活動をしていることも知らないだろうし、知っていても覚えていないんだと思います。先生からすると、たかが1人の生徒なので、きっと忘れているんだろうな。でも、子どもから見れば、一生に何人かしか出会わない先生なんです。「たかが1人」ではないんだよ、と言いたいですね。
何年も何年もかけてやっと、いろんな悩みから抜け出せるようになって、今が幸せだと言えるようになりました。そんな私には目標があります。他のリバースメンターたちのテーマの多様さに衝撃を受けたことや恩師の影響もあって、学び続けられる大人になりたいな、と思っています。怒りではなく、「楽しい」とか「嬉しい」を原動力にして学び続けたい。
人生の中で決めつけられることがすごく多かったので、その分未来の自分が生きる道は自分で選びたい。そんな私は今、大学で心理学を学び、社会科の先生を目指して教職課程を取っています。学んだことを子供たちに還元できるような教師になりたいと思っています。