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リベラル政党をどう立て直すのかーー元参院議員矢田わか子さんと社会運動研究者の富永京子さんと考える「社会のつくり方」

  • 執筆者の写真: 笑下村塾
    笑下村塾
  • 2 日前
  • 読了時間: 18分

先の衆議院選挙で自民党が大勝し、リベラルな政党らが大幅に議席を減らし、「リベラルの退潮」が話題になっています。民間労組出身で元国民民主党参院議員の矢田わか子さんと社会運動研究者の富永京子・立命館大学准教授に、たかまつななが話を聞くと、「あっち側」と「こっち側」に分断されがちな社会で一人ひとりができることにまで話が広がりました。

※当記事は、YouTubeチャンネル『たかまつななのSocial Action!』のために2026年3月24日に取材した内容を元に作成しました。読みやすさを考慮し、編集を加えた部分があります。



立て直す必要があるのはリベラル思想ではなく、組織や参加のあり方

たかまつ:本日は「リベラルをどう立て直すのか」というテーマについて考えていきたいと思います。

矢田:「リベラルって何やっけ?」というところから入らないといけないと思う。私のイメージではリベラルというのは、弱者に寄り添う視点をもった方々が、権威を持つ方に意見を言うというもの。今回は刷新感を求めた方々がリベラルではなく保守系にそれを求めた結果、いまの与党が大勝し、第三波の方々が躍進したのかな。

富永「リベラルが大敗した」ということについてですが、私は組織の研究者なので、思想が負けるとか勝つという考え方はあまり持っていません。思想を持った組織、思想を標榜している組織が負けたということだと思う。思想はなくなってもいないし、負けてもいない。立て直す必要があるとすれば、組織とか参加のあり方だと思っています。

たかまつ:今日のテーマを「リベラル政党をどう立て直すか」に変えましょうか。

矢田:リベラルだと思われている組織ですよね。与党と言われる方の中にもリベラル的な方もいらっしゃるから、定義は難しいですよね。

たかまつ:富永さん、「リベラル」ってどういう定義なんですか?

富永基本的には、矢田さんがおっしゃられた考え方でいいと思う。保守に対する革新みたいなものがあり、それに加えて人権や平和、マイノリティの人々の権利などを大切にするというのが最大公約数的な定義なのかな、と思います。

たかまつ:矢田さん、今回の選挙については、どう受け止めていますか?

矢田:かつての仲間で、政策に強い方たちも落選しました。そういう方と話すと、次(の選挙)までの生活をどうするのか、もう一度挑戦する余力が残っているかを模索している。いろんな価値観がある中、いろんな議論を国会の場で戦わせていくのが健全な姿。一方だけが大きくなりすぎて、違う意見を持った方々の声が届けられなくなるというのはもったいないと思います。

たかまつ:政治ジャーナリストの方が「野党、特に国民民主党と中道で選挙協力ができていたら、ここまで自民党が勝っていなかったのでは」とおっしゃっていました。

矢田:政治の場を離れてマクロの視点で見ると、多少の違いはあっても一緒になって構図を作るべきだったのかなと思う。一方、時代の流れからすれば、野党の少数多党化が進んでおり、いろんな価値観を持った方がそれぞれの主張を戦わせるという構図もある。与党が強いのは、反対意見を持っていても号令には従うから。一枚岩になっていると感じます。

たかまつ:なぜ、野党はそれができないのでしょうか。

富永有権者があまりにもカフェテリア的に政党を選んでいるのではという気もする。社会運動をやる人は注文が細かいというか、「こういう社会像」というのがはっきりある。労働組合のナショナルセンターや創価学会の方々と縁があって仕事をしたら、彼らはリベラルだけど細かいことはあまり気にしない。違和感があっても一緒にやるということを日頃からやっているので、「リベラル版自民党」的な動きができていると思う。ああいったものがもう少し強まれば、一枚岩的なリベラル政党も実現しうるのではと思う。

たかまつ:創価学会の地域での根の張り方はすごい。地域の課題が上がっていって、地方議員が解決していく。そういうところが見えてくると、印象が変わるかもしれない。富永さん、リベラル層のボリュームの変化について教えていただけますか。

富永過去との比較でいうと、30年か40年前の革新政党支持者より、いまの自民党支持者のほうがリベラルな回答をする。全体的にリベラルな人は増えているのだと思います。

たかまつ:欧米では、リベラルな政策を進めてきたからバックラッシュが起きていると言われています。日本ではバックラッシュが起きるほどリベラル化したとは思わないのですが、いかがでしょうか。

富永思想と人々を結びつける言説が多く出てくるけど、実際には、リベラルな人でも自民党に投票していることがありうる。思想と組織をいったん分けた方が良いと思う。それができていないから、たまたま自民党が勝ったら「保守の大成長だ」となってしまう。思想と組織をリンクさせすぎというか、組織というものを見ない報道のされ方だと思う。

矢田:「理想とする社会」と「組織の選び方」は違うところにある。SNSの影響もあると思うけど、「かっこいいから」などのイメージで選んでないでしょうか。

富永高市さんも「リベラル」に見えているでしょうしね。

矢田:「何かやってくれそう」ということで人気が高まったのかもしれない。高市さんがつくりたい社会とは別の意味での投票行動もあったのだろうな、と見ています。


国会では、国会で議論すべきことを

たかまつ:自民党がリベラルっぽい政策もする中、何をすればリベラル政党としての存在価値が出るのでしょう?

矢田:野党が政権を監視するのは基本中の基本。でも、不倫や賄賂など週刊誌に載っているようなことを題材に追求することに国民も飽き飽きしているのでは。

富永政策に関する生産的な批判をするのが野党の仕事ですよね。政策はどの立場の人が出してもいいし、誰であれそれを遂行していければいい。政党と紐付けすぎて、政党や政治家同士の政策争いとして見てしまう知識人にも課題があるような気がします。

矢田:労使協議に似ているな、とずっと思っていました。(労使協議では)会社が言うことに対して「働いている人はそれではモチベーションが上がらないんですよ」と言いながら落とし所を見つける。国会論争もそうで、与党はどちらかというと経営者層の意見を政策に落とし込んでくるので、「社会保障を大事にしてほしいという声があるんですよ」と伝える。与党が閣議決定して出してきたものに対して「これ、見えていなかったでしょ?修正できませんか?」というやり方をすれば、党の存在価値というのはあると思う。


「タフでなきゃ政治家や社会運動家になれない」のは寂しい

たかまつ:矢田さん、少数野党でもできることはたくさんあると思います。実際に矢田さんが国民民主党の議員の時に、予算質疑で何かが変わった具体的な事例があれば教えていただけますか。

矢田:国民民主党は小さな政党としてスタートしましたが、現実的な話をして「こちらのほうが国のために絶対いいですよ」と話せば政策は動くと思ったことが何回もあります。最短で動いたのが、子どもの虐待対応ダイヤル「189」結愛ちゃんが亡くなり、虐待がニュースになっていた時期に支援者の方から「電話してもつながらないし、つながってもナビダイヤルでお金がかかる」と聞きました。パネルにして質問したら、1ヶ月後にはフリーダイヤルにしてくださった。コロナ禍の妊産婦への措置制度も、当時は与党だった公明党が賛同してくださり、自民党も動いてくださって導入されました。

たかまつ:そういうことが、一般の方には届いていない気がする。どのようにして可視化すればいいんでしょうか。

富永「やった」というのを、もっと言ってほしい。社会運動も「デモやってるだけ」「何も変えてないじゃん」と言われるけど、障害者関連政策や男女雇用機会均等法などを変える後押しをしているはず。ただ、「自分のおかげ」とは言わないから、多くの人は「えらい人が変えてくれたのね」としか思っていない。もっとドヤってほしいですよね。

たかまつ:言ったことによるハレーションもある。議員さんに番組に来てもらっても「水面下で交渉しているから、いまは言えないなぁ」と言われてしまう。動いているときに議論しなくてどうするの、と思います。

矢田:微妙なときに下手に動くと通るものも通らない、とよく言われます。妊婦政策のときは「妊婦様ばかり特別扱いしてる」と攻撃された。でもそこに屈していたら政策を実現できないので、突き進む覚悟が必要かな、と思う。

富永タフでなきゃ政治家や社会運動家になれないというのも寂しい。攻撃的でなく、「意見の相違だよ」とみんなが思えるにはどうすればいいのか。安保法制の時に若い人が叩かれているのを見て、すごく思いました。

矢田:Xだと思い切り罵倒する人もいる。ああいう論調になると建設的な論議ができないので、主張したくてもしなくなっちゃう。

たかまつ:政治家がそこに負けないには……負けないという言い方がいいのかは分からないけど、どうすればいいのか。選択的夫婦別姓の問題が特にそうだと思うけど、ネット世論を見ながら(主張が)変わっていく人もいる。すごく信念があって反対というなら、それは理解できるけれど、人権問題なのに、ネット世論を見ながら考えを変えるのはどうなのかなと思ってしまう。

矢田:諦めたら終わり。いまの時期は静かにしているけど、また時期が来たらしっかり主張できるようにしておかないといけないと思う。主張は変えないけど、トーン(を変える)。思い切り声を出して運動していく時期と、少し運動の仕方を変えなければいけない時期があると思う。いまはどの時期なのかを判断しながら冷静に見ている。


リベラル、社会運動……嫌う社会とは?

たかまつ:リベラルはネットで嫌われているのか、リベラルという言葉を政治家が避けている感じがします。先日、中道の議員さんと話していたときに、その方は「政治的に中道」だとおっしゃるのだけど、選択的夫婦別姓も同性婚も女性天皇も賛成だと言われていて、それはリベラルなのでは?と。リベラルという言葉が嫌われているから避けている気がする。それは、どう思いますか。

富永フェミニズムも一緒ですよね。社会運動も「社会運動」なんて言っている人は学者しかいなくて、「ソーシャルアクション」というような言い方をする。どういう言葉を使ってもいいのではとは思うけど、嫌われているから使わないのだとすると、それを嫌っている社会とは何なんだろうと考える。

たとえば、社会運動って「デモばかり」とか「主張の強い人」などの悪口を言われる。でも社会運動と言ってもいろいろあり、トイレに生理用ナプキンを置くだけでも社会運動になる。リベラルや社会運動に対する解像度が低いのかな、という感じがします。ノーベル賞をとった被団協だって社会運動なわけですから。ひとつの企業が粉飾決算しても「大企業はアウト」とはならないのに、社会運動で逮捕者が出れば「社会運動は全部危険」となってしまう。リベラルも同じ。イメージが縮訳されてしまうのはなんでだろうと思う。

たかまつ:おっしゃる通りですよね。私は自分の考えを言い続けたいから政治家にならず、嫌われてもいいと思って、こういう場で好きなことを言うんですけど、政治家だと、票をいただくために嫌われないように考えるようになってしまうのではないかなとも感じます。ネット世論によって政策がころころ変わる人もいる。

矢田:ネット世論によって政策が方向転換するようなことがあると危険だと思います。何個もXのアカウントを持っている人もいるのに。マスコミがXから言葉を拾うのも気になっています。主張の仕方を変えるのは大事だと思うけど、Xとかに左右されて主張をころころ変えるなら辞めたほうがいいんじゃないの?と思う。政治家を職業としてやりたかっただけなの?何かやりたいことがあったから政治家になったんでしょう、なぜそれを貫かへんの?と。支持してくれた人たちの声を代弁するために(政治の場に)出てきている。その人たちを大事にせず、いるかどうかも分からない人の声に左右されるのは違うと思いますよね。


既成概念を取り除こう

たかまつ:分断が生まれる中、どうやって対話していけばいいのでしょう。

矢田:与党でも野党でも、保守の人もリベラルの人もいる。肌感覚で「私のこの政策とは一致するな」という方とは、与党も野党も関係なくきちんと話すべき。その方々が各党に考えを持ち帰って党の中で主張することは可能だと思う。それをすることによって、前に進むような政策が新しく出ていかなくちゃいけない。

安全保障に危機感を感じる今、保守といわれる方々が「憲法9条ばかり言ってないで、現実的な議論を」とおっしゃる。「リベラルは現実的じゃない」と捉えられていますが、そういう方々とこそ対話し、現実的な論議について積極的に意見交換すべきだと思う。

富永政治家の人は、それができているイメージがあります。社会運動をやっている人からのほうが「この人と対話するのはだめじゃない?」といった意見をいただくことが多い。

矢田:政治家の中でも話せない人もいますよ。私は誰でも話すほうやから「なんで⚪︎党の人と話せるの」と聞かれることがあるけど、同じ人として、政治家として、話したいと思うから話す。その方のバックには支援している国民がいらっしゃるわけやから、その価値観を聞いておくのは勉強にもなる。

たかまつ:私は政策によって、たとえば安全保障の問題だとたぶん「右」と言われるし、人権の問題だと「左」と言われる。「あの人は右だから」「左だから」がありすぎると思う。メディアも色が付いているところが多いので、交わって話せる場が少ない。

矢田:有権者もマスコミも、いったん既成概念を取り除かないといけないと思う。既成概念が脈々と引き継がれていて、色が付きすぎている。ネットで情報を取れるんやから、自分の目で情報を物色して、目利きができるようにならないといけないと思います。


「考え中」「あとで判断します」があっても良い

たかまつ:デンマークで「デモクラシー・フィットネス」というのがあり、民主主義を鍛えるときの10個の筋肉のひとつが「好奇心筋」らしいです。めっちゃ大事だな、と思う。私も、選択的夫婦別姓について高市さん片山さんとお話した時に、自分の考えを説得したいというよりも好奇心が働く。でも、両方の人たちから反発をいただいたり、「小娘が論破される」という切り抜き動画がつくられたりしました。バチバチしていないのに。

矢田:対立(の構図)にしたり、尖った表現をすれば(表示)回数が上がるから。

たかまつ:うちは「vs」というのは使わないんですけど、ネットでは「vs」を使いすぎている。民主主義で大切な落とし所を作るということと「vs」は真逆だと思う。

富永社会運動を見ていても「あっち側」と「こっち側」をつくりたがる。もうちょっと「考え中」とか「あとで判断します」みたいなものがあってもいいですよね。

たかまつ:コメンテーターとして出た時に「それはまだ分かりません」と言ったら「じゃあ出るな」と言われました(笑)。

矢田:分からんもんは、分からんやんね。

たかまつ:もちろん自分の考えを持てるように勉強はしていくんですけど、それでも結論が出せない問題はある。それを「こっちが正しい」と言うほうが不誠実だと思う。

富永ちょっと性急すぎるんですよね。どの政治的ポジションにいる人もタイパ主義というか、熟議みたいなものを失ってしまっているのかもしれない。

矢田:まず自分のほうに矢印を向けたら?と思う時がある。いろんなことを聞いてきはるけど、自分はどうなの?と。いろんな意見に左右されず、考えるべき時代に入っていると思いますよね。


社会は、みんなでつくっている

たかまつ:主権者教育をしていて感じるのは、最近は切り抜き動画とかで政治を見ている傾向が少しあるので、(子どもたちの)発表を聞いていると「どの政党の誰を見ているんだろうな」というのが思い浮かぶ。人間なら「こういうところは賛同できるけど、こういうところは賛成できない」というのがあると思うんですけど、「全部正しい」みたいな傾向が少し見られる気がする。社会課題に向き合って現状認識をして、それぞれの政党がどういう解決策を出しているのかを見て、その上で「この政党の良いところは……」「逆にもう少し改善してもいいところは……」ということを考える場がもう少しあってもいいな、と思う。上手に社会運動をしている若い子たちは、一度成功体験をすると「今度もやろう」とどんどん成長しているけど、社会全体として見ると、そういう子たちが「意識高い」とまとめられているのはもったいないな、と思います。

矢田:小さなお子さんがいて、今までだったら街頭演説とかに来られなかったような層の人たちがネットを見ながら参画してきているのは期待したいなと思う。

富永パパ産休とか、変わったことが見えているから「変えられるんじゃないか」という希望を持てたのでは。私も矢田さんの妊産婦の配慮措置の件をなぜ覚えていたかというと、その頃妊娠していたから。もちろん当事者じゃなくてもいいんですけど、当事者として社会を変える、あるいは変えてもらう経験をすると社会や政治を信じやすくなりますよね。

たかまつ:衆議院選挙の時に「この政党に投票します」と言ったら反響が大きかった。「勇気をもらった」と言われた一方、社会運動をしている同世代の人からは「もう一緒にやれないんじゃないか」と心配されました。社会に、過度に心配する雰囲気というのがありますよね。

矢田:そっちのほうが危機感を感じますよね。

たかまつ:「赤信号、みんなで渡れば怖くない」じゃないですけど、みんながやったほうがいいと思いつつ、そのリスクを年下世代の子に負え、とは言えない。悪いことではないから、赤信号というたとえがよくないかもしれませんが。

富永社会運動って、いろいろある。自分が勤めている会社に「生理用ナプキンを設置してほしい」と言えばアドボカシーになる。そういう意味で、リスクを負う必要なんてないというのが1点。そして、社会運動にせよ政治参加にせよ、「あなたの1票で社会が変わる」と言いすぎてきてしまったのかもしれないとも思う。「取り替えのきかない私」というのを重視しすぎた。私が労働組合から学んだのもそこです。組織では取り替えがきくし、誰が言っても同じ意見。良い意味で「私じゃなくてもいい」と思えると思う。

赤信号を渡るためには、みんなが「私」を手放すことが重要だと思う。「たかまつ、叩かれるぞ」じゃなくて、ほどほどに叩かれるかもしれないけど、それは「たかまつじゃなくても同じだよ」と言えばいい。自主性・主体性・自発性みたいなものを、社会に対して関心や意識がある人ほど強めてしまったかもしれない。社会運動って誰がやっても変わらないよ、というものにしなきゃいけないですよね、社会は、みんなでつくってるから。

たかまつ:若者の政治参加を促す活動を10年やっていますけど、いま考えているのは「仕組みをつくる」ということ。(仕組みがある)スウェーデンとかだと、もちろんグレタさんみたいな人もいますけど、気軽に社会運動をしていた。ユース政党の代表の子が「私は留学するから他の人に引き継ぐ」と言っていたりして、背負ってやっている人が少ない。日本では、先頭に立っている人は本当にきつそう。私もそういう時期が長かったですし、そんな負担を後輩たちに背負わせたくない。仕組みがあり、そういう子が年間50人とか100人いたら目立たない。

矢田:NPOをしているだけなのに、わっとマスコミとかに取り上げられて、勝手に持ち上げられて、叩かれて。よくないよね。


社会運動、これから先も絶対に必要なもの

富永先行研究で言われているんですけど、市民団体とかNPOほど官僚制と明確な組織化を嫌がる。その結果、スターに頼り切るということになる。会社組織とかは官僚制がはっきりしているから、人を取り替えても同じ機能ができる。組織を嫌がらなくてもいいんじゃないか。組織になったからといって自発性が奪われるわけではないと思いますよね。

矢田:社会運動って、これから先も絶対に必要なものだと思うんです。自分が社会の構成員の1人であって、この社会をどう作っていくのか。お客さま意識じゃなくて、参画の意識をもっと広げていかなあかんと思う。

たかまつ:スウェーデンで、気候変動のデモに労働運動の人も来ていて、「社会正義」ということで連帯しているな、と思いました。自分たちのメインテーマではないデモでも、他の活動をしている人が後ろでロジをしていたり。日本では、自分たちの運動でいっぱいいっぱいなので難しいとは思うけど、そうなったら良いなと思いました。

最後にメッセージをお願いします。

富永宣伝になってしまいますが、普通の人も社会を変えているということを分析した『なぜ社会は変わるのか はじめての社会運動論』、社会を変えたいけど何をしたらいいか分からないという人に向けた実践書『みんなの「わがまま」入門』を読んでいただけたらと思います。「わがまま」というのは、みんなのわがまま、意見だからね、ということです。

矢田:政治を諦めないでほしいな、と思います。関心を持ってくれることがスタートだし、いろんな媒体があるけど、自分でしっかり目利きをしながら、この国がどうなっていくのか、この国の構成員の1人として、日本社会をつくっていくんだという気持ちを一人一人が持てば、もっと日本は住みやすい、幸せな国になると思っています。

たかまつ:話す機会がないから無自覚に差別しちゃったりすると思う。対話すれば「こういうマイノリティの権利も必要だよね」と議員さんの考えが変わったりすることもあるので、諦めないことが大事じゃないかな。傷つくこともあるかもしれないですけど、時には違う政党の方とか違う思想を持っている方と話してみると、変わってくるんじゃないかなと思います。


(構成・かめ)




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