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執筆者の写真笑下村塾

選挙に行かない人を科学的に分析する ドイツの学校の主権者教育とは?

※共同通信配信の有料メディア向けコラムから転載(2023年09月04日配信)


 「ドイツの投票率は7割を超えています。ですが、25%の人は選挙に行きません。この非投票者を科学的に分析していきましょう」

 ドイツのニーダーザクセン州にある中高一貫校の授業「政治」の一コマだ。授業を受けるのは17歳から18歳の12年生の生徒たち。どのように民主主義を教えているのか、州議会選挙を控えた昨年9月に主権者教育を取材した。


生徒たちが考える「なぜ投票しないのか?」

 「非投票者を特徴づけてみよう」。先生の呼びかけに応えてタブレットに生徒が考えを書き出す。次々と手が挙がる。はつらつとした意見発表が続いた。

 「政治への関心の低さが原因だと思います。ドイツでは近年、個人主義化により社会集団からの圧力が低下しているため、選挙に行くという社会からのプレッシャーがなくなり、選挙中は家にこもりがちになります。例えば友達同士であるいは学校で話題になったときに、『投票しろ』というプレッシャーを受けて、投票するような場合が減っています」

 「私は一般的な政治体制に不満があると書きこみました。民主主義というシステムに不満がある人たちがいます」

 「非投票者の中には、コスパを重視する人たちがいます。選択肢を悩んでいる人の中には単純に選挙の状況を判断する人もいます。例えば『接戦になるかもしれないなら投票に行ったほうがよさそう。どうせこの政党や候補者が勝つのだろうから、今絶対に行かなくてはならないのか?(1票じゃどうせ変わらない)』と考える人もいます」

 先生が、非投票者は「政治から離れている人、不満を持っている人、悩んでいる人に分けられますね」とまとめる。そして、非投票者はどのような層に属するか、特徴を考えてみようと生徒に問いかける。数人の手が挙がり、指名された生徒が答える。

 「社会的地位がそれほど高くなかったり、貧しい環境に住んでいたりすると、選挙に行かない傾向があると思います。政治に興味がない、あるいは政治にアクセスできない、政治と距離を置いているのかもしれないということです」

 ここで先生が、収入や生活環境が悪く社会的に恵まれない人たちが、あまり投票していない実態があると生徒の考えを裏付けた。教科書には、市民が選挙に行かない理由について考えるため、年齢別地域別の投票率のデータが示されている。学歴やその他の社会的要素を基にグループ分けされ、投票所に足を運ばない背景を掘り下げるための手がかりが示されている。


低投票率は民主主義の危機

 これだけ非投票者が多いと、民主主義の重要な要素である代表性が担保されなくなるのではないか、と生徒の一人が指摘した。

 「全員が投票しなければ、大多数の利益を代表することはできないと思います。そして投票しなかった責任があるのにもかかわらず、自分たちにとって大切なことが重要視されなくなった人たちの不満が生じます」

 「代表民主制」という選挙の機能が担保されなくなると先生が補足する。

 「先ほど非投票者には、社会的に恵まれない環境の人が多いという話をしました。選挙で意見を言わない有権者がいると、異なる意見の統合が行われません。投票しないから意見が全く反映されていないのです」

 反映されない意見があり、結果として、さまざまな声を「統合」できないとまとめる先生。そして、先生は日本の例を引き合いに、みんなが選挙に行かないと正統性が担保されないと話す。

 「つまり国民の一部しか、例えば日本のように若者の30%しか投票しないとしたら、政治家は国民から選ばれたという正統性を感じられず、使命を果たすことができないのです」

 先生は、民主主義国家において多くの非投票者が存在する場合、どのような問題が生じるか話し合うことで、「投票しないという決断が民主主義にどんな影響を与えるのか生徒たちに認識させることが重要です。抽象的に説明せず、自分の一票が大切だと意識させることが大事です」とねらいを説明した。


クラス全員が「選挙に行きたい」

 授業の効果もあってか、私が「18歳になったら、選挙に行きたいか?」と聞くと、クラスの全員が手を挙げた。

 理由をある生徒が答えてくれた。

 「私が投票に行かなければ、私の意見は代表されないことになります。自分には、意見を反映させたい政治的分野があるので、投票に行きたいです。私自身が有権者として、責任を負っているから選挙に行きたいです」

 「自分の力で社会を変えられると思いますか?」という質問に対しても、全員が変えられると思うと手を挙げた。

 「デモによって間接的な影響を与えることができます。例えば、フライデー・フォー・フューチャーは、未来の環境や私たちの未来のために闘っていて、政治家に対してプレッシャーを与えることができます。投票に行くことで、政治家を行動させることもできます」とある生徒は答える。

 授業を担当したマルコ・グロイル先生は、「政治教育で最も大切なことは、政治に参加する機会は誰もがあることを伝えることです。政治的な無関心を早い段階で防ぐためにも、生徒たちが自ら本物の政治家に会うことや現場に行くなど政治活動を行うのは効果的です」と学校の外でさまざまな機会を得ることも必要だと語る。日本の学校教育現場ではあまりない考え方だ。


ジュニア選挙

 この学校でも行われるという選挙の模擬投票の「ジュニア選挙」。多くの生徒たちはジュニア選挙をきっかけに投票意欲が高まったという。

 「比較的若い時点で、政党と向き合うことで、自分たちの意見を作ることができます。その経験が基になって、将来にわたってよりよい投票ができるようになると思います」と生徒は語ってくれた。

 事前に選挙の仕組み、選挙に行った際に投票用紙のどのような項目にチェックを入れられるか、政党がどんな考え方をしているか、自分の考えと近い政党を見つけ出す方法を教えている。選挙を実施するのは生徒たちであり、自身が投票して代表者を選ぶというプロセスに向き合うことになる。

 結果を本物の選挙と比較して、それをベースにクラスで議論をしていく。ジュニアと実際の選挙の違いが生じた理由を話し合うところまでやるのが日本の授業とは異なる。


投票したら満足感がある

 日本の若者に対して、生徒たちからメッセージをもらった。

 「自分の未来を自分で決めるため、選挙に参加する。それはやるべきこと、自分の人生にとって重要です。投票で自分の考えや利益が代表されることは、絶対後悔しないし、投票したら満足感がわきます」

 「皆さんが政治に参加する機会はたくさんあります。選挙に参加することは、皆さんの人生に影響を与えるのでやってください。そのチャンスをいかしてください」

 投票に行かない人がいるとどうなるのか。非投票者にはどんな人がいて、どういう声が政治に届いていないのか。選挙の大切さだけではなく、選挙に行かない人の心理を逆説的にみたり、科学的にみたりすることで、民主主義がどうしたら機能するか考える。ドイツの主権者教育、日本でも実践してみたい。

 授業の様子は、YouTubeたかまつななチャンネルに公開しているので、ぜひご覧ください。



 ☆たかまつなな 「笑下村塾」代表、時事YouTuber。1993年、神奈川県横浜市生まれ。大学時代に「お嬢様芸人」としてデビュー。2016年に若者と政治をつなげる会社「笑下村塾」を設立、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶSDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。

 ※記事に出てくる名前・年齢・肩書は、取材当時2022年9月時点のものです。


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