【記者会見レポート】18歳選挙権制定から10年、今必要な主権者教育とは何か
- 笑下村塾

- 8月8日
- 読了時間: 13分

2015年の公職選挙法改正によって18歳選挙権が実現してから、今年で10年となります。この間、若者の政治参加を促す「主権者教育」について、様々な現場で模索と実践が繰り返されてきました。
しかし、若者の投票率は依然として低迷し、現場は多くの課題に直面しています。果たしてこの10年で、私たちは何を達成できたのでしょうか。そして、次の10年でどんなことに取り組むべきなのでしょうか。
笑下村塾ではこの重要な節目に、日本の主権者教育のあり方を改めて問い直すため、2025年8月1日、文部科学省にて記者会見を開催しました。
会見には、笑下村塾代表たかまつななのほか、学校教員、NPOのメンバー、学生サークルの代表、研究者など、それぞれの立場で主権者教育の最前線に立ち続けてきた計7名のアクターが集結し、現場からのリアルな声と共に、未来に向けた具体的な提言を行いました。本記事では、各登壇者の発言と、白熱した質疑応答の模様を余すところなくレポートします。
未来の民主主義に向けた7つの提言
(1)学校現場の苦悩:「イベント化」と「教員の不安」をどう乗り越えるか

まず口火を切ったのは、20年以上にわたり模擬選挙などの実践を続ける自由学園の教諭、大畑方人氏です。大畑氏は、主権者教育が単発の模擬選挙といった「一過性のイベント」に留まりがちで、日常的・継続的な学びに繋がっていない現状に警鐘を鳴らしました。
「(その場しのぎの)エナジードリンクのような教育ではなく、生徒の体質改善を促す漢方薬のような主権者教育が必要です」という言葉に、現場が抱える根深い課題が垣間見えます。
「選挙で投票しても受験に役立たない」「政治の話は友達にすると『意識高い系』だと思われるからできない」という生徒たちの声。その背景には、教員が直面する大きな壁が存在します。「政治的中立性が求められる中、何をどこまで話して良いのか」と、基準の曖昧さに戸惑う教員の自主規制。そして、保護者や地域から寄せられる「政治的に偏っているのでは」という誤解やクレーム。これらが教員を萎縮させ、生の政治を扱う踏み込んだ教育を困難にしている実態を明らかにしました。
大畑氏は提言として、教員が安心して授業に臨める明確なガイドラインの整備、生の政治を扱う質の高い教材や研修の充実、そして学校だけでは限界がある中で、NPOなど外部と連携するための財政的支援の必要性を強く訴えました。
(2)新たな民主主義の実践:「ルールメイキング」で育む当事者意識

「主権者教育は、投票率向上だけが目的ではありません」。そう語るのは、認定NPO法人カタリバの古野香織氏です。古野氏は、子どもたちが校則など身近なルールづくりに参画する「みんなのルールメイキング」という事業を推進しています。
「日本の若者は自己効力感が低いと言われます。自分たちの手で学校という最も身近な社会を変える成功体験こそが、民主主義の担い手としての基礎力を育むのです」
カタリバが関わった学校での調査では、ルールメイキングを経験した生徒は(経験していない生徒と比較して)「自分の意見には価値がある」と感じる割合が高く、政治や社会問題への関心も向上することが示されています。これは、学校のように身近な場所での実践を伴う主権者教育が、単なる知識の学習に留まらず、実感の持てる学びへと進化する可能性を示唆しています。
また、足立区の選挙管理委員も務める古野氏は、行政の立場から選挙管理委員会への「主権者教育推進員」の設置を提言。選挙執行で多忙を極める選管でも、元教員など知見を持った専門職員がいれば、学校の主権者教育のニーズに継続的に応えられるとし、実際に10代〜30代の投票率が大幅に向上した足立区の成功事例を紹介しました。
(3)若者からのリアルな声: 「対話」で選挙を面白く、同時に活動への支援を

学生の立場から発言したのは、中央大学で主権者教育サークル「Vote at Chuo!!」を率いる藤田星流氏です。藤田氏は、「どこに入れていいか分からない」「詳しくないのに投票していいか不安」など、同世代が抱える選挙へのリアルな戸惑いを代弁しました。
サークルで実施している出前授業の経験から、従来の模擬選挙では「演説の上手さや見た目」で投票先が決まってしまうことがあると指摘。重要なのは、候補者の主張を鵜呑みにするのではなく、生徒自身が他者との「対話」を通して多角的に考え、自分の意見を形成していくプロセスだと強調しました。
「いろいろな友達の言っていることをしっかり考えると、選挙は面白いと思うようになった」など、生徒によるポジティブな声を報告しつつ、「意見の違いを怖がらずに対話できる土壌を、学校教育の中で作っていくことが重要です」と藤田氏は訴えます。
また、若者団体の活動は基本的に「手弁当」であり、常に資金難という厳しい現実に直面している現状も吐露。持続可能な活動のため、若者団体やNPOへの継続的な金銭的支援を切に求めました。
(4)10年間の総括:社会を変える「場」と「仕組み」の構築を

本会見の主催者である笑下村塾代表のたかまつななは、この10年で8万人以上の子どもたちに主権者教育を届けてきた経験と、海外6カ国の視察で得た知見から、日本の構造的な課題を浮き彫りにしました。
「『自分の行動で社会を変えられる』と思っている日本の若者は、6カ国中ワースト1位。これは非常に深刻な事態です」
たかまつは、主権者教育の実施率が9割を超えているにもかかわらず、若者の投票率が低迷しているのは、教育が「社会を変える」という実感に結びついていないからだと分析。お笑い芸人が授業を行う笑下村塾の実践で、群馬県の18歳の投票率が8%向上した実績を示し、子どもたちの興味関心に寄り添ったアプローチの有効性を語りました。
その上で、スウェーデンが国として若者団体に年間30億〜40億円規模の支援をしている例を挙げ、日本でも同様の公的支援の仕組みが必要だと主張。さらに、高校生が首長のアドバイザーになり、政策提言と行政と一緒に社会実装までする「高校生リバースメンター」のように、若者が実際に社会を変えられる場の創出を通して、子どもたちの自己肯定感を高め、真の民主主義の担い手を育てることが急務だと訴えました。
(5)「0歳児も主権者」:模擬選挙の第一人者が問う、選挙運動の壁

「そもそも主権者とは誰でしょうか。0歳の赤ちゃんだって主権者です」。そう語るのは、20年以上にわたり模擬選挙の普及に取り組んできた模擬選挙推進ネットワーク事務局長の林大介氏です。
林氏は、「半分日本国民とか半分東京都民なんてないでしょう」と、子どもも生まれた時から一人の市民であり、民主主義は幼い頃から学んでいくことが重要だと訴えます。
模擬選挙は、子どもたちが国民の一人であることを実感し、民主主義を体感する絶好の機会です。また、「どう選んだらいいかわからない」という子どもたちが「賢い有権者」になるための勉強となり、さらには「宿題」として親子で政治について話すことで、保護者自身の投票参加を促す効果もあると、その多面的な意義を強調しました。
しかし、その実践には大きな壁が立ちはだかります。学校側の理解は進んできた一方で、自治体の教育委員会が難色を示すケースが後を絶ちません。最近では、愛媛県の選挙管理委員会が「未成年者の選挙運動を誘発する懸念がある」という理由で、実際の政党名を使った模擬選挙を認めないという事例も発生しました。
林氏が最も問題視するのは、公職選挙法による「未成年者の選挙運動の禁止」です。「授業で政治を学んでも、18歳未満の生徒はSNSなどで意見を発信できない。これは果たして妥当なのでしょうか」。林氏は、教育委員会や選挙管理委員会のより深い理解と共に、この法制度自体のあり方を見直す時期に来ているのではないかと問題を提起しました。
(6)民主主義教育は進展している:10年の変化と残された課題

「ネガティブな話が続きましたが、私は、この10年で日本の民主主義教育はだいぶ進展してきたと感じています」。そう切り出したのは、若者の声を政策に反映させるアドボカシー活動を行う、日本若者協議会の室橋祐貴氏です。
室橋氏はスウェーデンを例に、民主主義教育には「知識を広めること」と「経験を提供すること」の2つの柱があると説明。2015年以前の日本はこの両方が欠けていたとしながらも、この10年で確かな変化があったと評価します。
知識面では、「公共」科目や「探究学習」が導入され、若者も政策提言やオンライン署名など多様な形で政治参加を行うようになりました。経験面でも、予算権を持つ子ども議会、ユースセンターやリバースメンターなど、実践の場が着実に広がっていると述べます。
しかし、室橋氏は「まだ課題は山積みだ」と続けます。国レベルの若者議会は未設置で、若者団体への財政支援も数十万円レベルに留まっています。そして最大の課題は、学校内での実践です。「学習指導要領では、生徒会の役割が『行事の手伝い』といったサポート的な位置づけのまま。これを『意思決定に参画する組織』と明確に位置づける必要があります」。
さらに大学の学費値上げなどの重要な意思決定に学生が関与できていない現状も指摘し、学校や大学という最も身近な場所での民主主義の実践こそが、次の10年の鍵を握ると訴えました。
(7)「誰もが」の中身を問う:特別支援教育の現場から

「私たちのミッションは『自分たちの声が届くと誰もが信じられる社会をつくる』こと。しかし、その『誰もが』の中に、見過ごされている存在がいるのではないか」。そう問いかけたのは、NPO法人DAKKOの理事、浜田未貴氏です。浜田氏は、主権者教育の議論からこぼれ落ちがちな、障害のある子どもたちの現状に光を当てました。
狛江市の調査では、障害のある方の投票率はそうでない方に比べて3.8ポイントも低いというデータがあります。その背景には、投票所のバリアフリーといったハード面の問題だけでなく、「サポートを受けられることを知らない」「うちの子はどうせ行けないだろう」と保護者が思わざるを得ない環境があると浜田氏は指摘します。
「私たちが授業に伺った際、ある保護者の方が『うちの子が投票できるなんて考えたこともなかった』とおっしゃいました。まず、『障害があっても自分なりの意思を表明できるんだ』と信じられる教育が必要です」
しかし、特別支援学校での主権者教育には特有の難しさがあります。事例が少なくノウハウが共有されていない点や、そもそも子どもたちが「自分で決める」という自己決定の機会が日常的に少ない点。さらに、外部の専門団体が関わろうとしても、選挙管理委員会の単発予算では継続的な関係づくりが難しく、子どもたち一人ひとりの特性に合わせた支援ができないという構造的な問題もあります。
浜田氏は、この状況を打開するため、教育分野の予算で外部の専門家と連携できる仕組みを整えること、そして、子どもだけでなく、その可能性を信じる伴走者となる「保護者」に向けたアプローチを両輪で進めていくことの重要性を訴え、会見を締めくくりました。
質疑応答:現場の葛藤と未来へのヒント

各登壇者からの提言の後、会場の記者との間で活発な質疑応答が行われました。
Q. なぜ主権者教育は「一過性のイベント」で終わってしまうのか?
この問いに対し、大畑氏は「大学受験に直接役立たないという意識」と「教材研究にかかる教員の膨大な負担」を挙げました。たかまつも「学校のカリキュラムが過密で、外部団体が連携したくても1コマしか時間を確保できない」と補足。さらに、「授業で『社会は変えられる』と伝えても、実際に生徒が校則を変えようとして失敗し、無力感を抱くケースもある。先生自身が民主的な意思決定を経験していないことも課題」と、学校文化そのものに根差す問題点を指摘しました。
Q. 投票権のない外国籍の生徒や、障害のある生徒をどう巻き込むのか?
この重要な問いには、複数の登壇者がそれぞれの視点から応答しました。特別支援教育に関わる浜田氏は、「主権者としての力の発揮の仕方は選挙だけではない、と伝えることが重要」と強調。請願や陳情といった制度を教えたり、日々の生活の中で自己決定の機会を保障したりすることの意義を語りました。たかまつも、「イギリスの主権者教育では、デモやSNSでの発信、オンライン署名など多様な社会参加の方法を教える。そうすれば、投票権の有無にかかわらず誰もが当事者になれる」と応じ、主権者教育の捉え方を広げる必要性を示しました。
Q. SNS時代に、どうやって情報を見極める力を育むのか?
学生の藤田氏は、「SNSの情報だけで投票先を決める友人も多い」と現状を語りつつ、「だからこそ、リアルな場での対話が重要になる」と主張。友人との何気ない会話が、一方的な情報へのカウンターになり得ると述べました。たかまつは、スウェーデンの教科書では全政党の理念が公平に記載され、小学生がそれを元に議論している例を紹介。「日本では、具体的な政党名を教材に記載しようとしても各政党の合意が得られにくいという壁があるが、10年を機に超党派で基礎的な政治知識を学べる教材を作るべき」と提言しました。
Q. 最大の壁である「政治的中立性」をどう乗り越えるのか?
この核心的な問いに対して林氏は、ドイツの「ボイテルスバッハ・コンセンサス」を紹介しつつ、「教員が特定の主義主張を押し付けるのではなく、多様な論点を提示して生徒に考えさせることこそがプロの仕事」という考えを提示。一方、たかまつは「現場の教員は『複数の会派から政治家を呼ぶ』と言われても、その『複数』が何を指すのか分からず混乱している」と現場の苦悩を代弁し、国がより明確で実践的なガイドラインを示すこと、そしてドイツの連邦政治教育センターのように超党派で教材をチェックする中立的な機関の必要性を訴えました。
まとめ:次の10年に向けて、私たちが今すべきこと
1時間にわたる会見の中で浮かび上がってきたのは、この10年で主権者教育が多くの課題を抱えながらも、現場の実践者たちの情熱によって着実に進化してきたという事実です。
そして、これからの10年で私たちが目指すべきは、単なる投票率の向上ではありません。すべての若者が「社会は自分たちの手で変えられる」と心から信じ、そのための知識とスキル、成功体験を持てる社会を実現する必要があります。
そのためには、一過性のイベントではなく日常に根差した学び、教員が萎縮することなく挑戦できる環境、若者の情熱を持続可能な活動へと繋げるための、社会全体での支援が必要です。
私たち笑下村塾も、この会見でいただいた貴重な提言を力に変え、次の10年に向けて、子どもたちが未来に希望を持てる社会の実現に尽力してまいります。そしてこの記事が、読者の皆様一人ひとりにとって、主権者教育の未来、ひいては日本の民主主義の未来を「自分ごと」として考え、行動を起こすきっかけとなることを願ってやみません。

登壇者情報
たかまつなな(株式会社笑下村塾 代表)
主権者教育に特化した株式会社笑下村塾を設立。お笑い芸人が先生となり、社会問題を楽しく伝える出張授業を展開。8万人以上の子どもたちに授業を届けている。
大畑方人(自由学園中等科・高等科 教諭)
公民科教諭として20年以上にわたり教鞭をとる。2005年の郵政選挙から模擬選挙を継続的に実践するなど、学校現場における主権者教育のパイオニアの一人。
古野香織(認定NPO法人カタリバ みんなのルールメイキング事業担当 / 足立区選挙管理委員)
18歳選挙権実現当時の当事者世代。生徒が校則など身近なルールづくりに参画する「ルールメイキング」の実践を全国に広げている。行政の立場からも主権者教育の推進に携わる。
藤田星流(中央大学主権者教育サークル「Vote at Chuo!!」代表)
2015年に設立された学生サークルの代表として、中高生への出前授業や学内での投票啓発活動を行う。若者の視点から、主権者教育のあり方を問い直している。
林大介(模擬選挙推進ネットワーク事務局長 / 東洋大学社会学部 准教授)
2002年から模擬選挙の普及・推進活動に取り組む、この分野の第一人者。文部科学省の教材作成にも協力。海外の主権者教育にも精通している。
室橋祐貴(一般社団法人日本若者協議会 代表理事)
若者の声を政策に反映させるためのアドボカシー活動を行う。各政党への政策提言や政府の審議会への参加など、若者と政治を繋ぐ最前線で活動。
浜田未貴(NPO法人DAKKO 理事)
「誰もが自分たちの声が届くと信じられる社会」を目指して活動。近年は、主権者教育から取り残されがちな、障害のある子どもたちへの教育支援に力を入れている。


