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ジャーナリスト・田原総一朗さんが今だから明かす「朝生」の裏側、27年間の不倫、亡き妻への愛…

テレビ朝日系「朝まで生テレビ!」「サンデープロジェクト」でテレビジャーナリズムの新たな時代を築いてきた田原総一朗(たはら・そういちろう)さん。笑下村塾たかまつななが、ジャーナリストとして憧れている田原さんに「朝生」放送の裏話から、歴代の首相たちとの知られざるやりとり、27年間の不倫や亡き妻への愛、取材先でのセックスに至るまで、赤裸々に語っていただきました。


■厳しい制約の中から生まれた「朝まで生テレビ!」




ーテレビ朝日系列で放送されている深夜の討論番組「朝まで生テレビ!」(以下、「朝生」)で何度かご一緒させていただきました。私は田原さんにすごく憧れているのでお話を伺えるのが本当に光栄です。「朝生」はどのように始まったんですか? 田原:テレビの深夜番組ってもともとはほとんどが再放送だったんですよ。フジテレビが「オールナイトフジ」という番組で若い女性を水着で出してウケた。そこでテレビ朝日も深夜番組をやりたいから脚本を考えてくれと言われた。 深夜の生放送の番組には2つ条件があって1つ目は制作費が安いから有名タレントを出さない。2つ目は短い時間で終わると出演者をハイヤーで送らなきゃいけないから、理想としては最終電車で来てもらって始発の時間まで長時間にわたってやるみたいなことがあった。しかも深夜だから視聴者に見てもらうためには相当刺激が強い番組じゃないといけないというようなことがありましたね。

■命がけの真剣勝負で30年以上続く長寿番組に




ー「朝生」が長続きしているのはどうしてですか? 田原:この話が来たのが1986年ですね。僕はその頃、まもなく冷戦が終わって世の中が大きく変わると感じていた。だから新しい時代に挑戦するような番組を作りたいと思った。そこで考えたのが討論番組だった。一本勝負、5時間1テーマでやろうと。しかも命をかけてやる。政治家どうしでやって負けたら政治家生命がなくなる。あるいはジャーナリストでもジャーナリスト生命がなくなる。そういう番組を作ったらどうかと考えて1987年からやることになった。今年で33年目。スタッフと真剣勝負を続けた結果、長寿番組になりましたね。

■上司への不意打ちで勝ち取った高視聴率




ータブーに踏み込むのも大きな特徴ですよね。

田原:もちろんタブーなんかない。最初のテーマは中曽根内閣の功罪。1988年の秋に昭和天皇がご病気が重くなって危篤になった。それで世の中に自粛の気運が高まった。そういう騒ぎの中で、今こそ天皇の戦争責任をやろうと思った。それで編成局長のところに行って「天皇の戦争責任をやりたい」と言ったら「馬鹿野郎」と。でもプロデューサーも諦めずに何度も行って1時間以上の話し合いを4回もやった。最後には、編成局長がだまされてもしょうがないという気持ちになったと思う。それで新聞のテレビ欄のタイトルは「オリンピックと日本人」。最初はオリンピック選手を出して、30〜40分経ったところで本番中に「天皇の戦争責任をやりたい」と切り出す。ゲストもあらかじめお願いしていた人たちに出てきてもらった。右翼の大御所にも出てもらって、結果的には視聴率もよかった。後日、編成局長にお詫びに行ったら、「田原さん、悪いけど大晦日にもう一回やって」となった。それがきっかけで、徹底的にタブーに挑むことになったんです。 ーそういう攻防があっての結果なんですね。私はあの時代のテレビが今よりも緩かったからなのかと誤解していました。その後はどんなテーマで放送したんですか? 田原:その次にやったのは原発問題。当時、原発の推進派と反対派は絶対に同じ席に座らなかった。推進派は反対派のことを宗教集団だと言っていたし、反対派は推進派を利権の集団だと言っていた。それをプロデューサーが半年かけて口説いて、日本で初めて推進派と反対派が席を同じくした。■厳しい追及で3人の総理を失脚させた




ー田原さんにとって、「朝生」の目的は何ですか?例えば、議論をすることで社会を良くするのか、政治を動かすのか、弱者を救うのか。 田原:議論をすることですね。日本では特に議論ができない。デモクラシーというのは、違う意見の人の存在を認めることです。議論をしないから分断が広がっていく。 実はね、僕は総理大臣を3人失脚させたんだよ。宮澤喜一、海部俊樹、橋本龍太郎。番組で追及して3人失脚させた。でも日本の政治は変わらなかった。日本の政治を変えるためには、総理大臣にこれをやれ、これはやっちゃだめだと、ちゃんと言わなきゃだめだと知った。そこで小渕恵三さんのときからそれを全部言い始めた。例えば、関係が悪化していた日韓関係を良くするために、日韓首脳会議をやってほしい。それから沖縄問題。日本の本土の人間は沖縄を軽蔑しているから、先進国首脳会議を沖縄でやってほしいと。これらは実現した。


■小泉元首相に出した支持する条件とは?

ーすごいですね。田原さんがどんどん言うことで実現したんですね。 田原:小泉純一郎さんが総裁選に出るときに、中川秀直さんという人から「いま小泉純一郎が総裁選に出ようとしているが、前2回は惨敗で今度負けたら政治生命が終わる。田原さんどうすればいい?」と相談があった。そこで「自民党の田中派と真っ向からけんかして、田中派をぶっ潰すと公然と言うなら支持するよ」と言った。すると中川さんが小泉さん本人を連れてきたので「田中派と真っ向からけんかしてぶっ潰すと公然と言うなら支持する。ただ、それをやったらあなた間違いなく政治生命がなくなる。暗殺されるかもしれないよ」と伝えた。すると小泉さんは「殺されてもいいんだ」と言った。彼は言葉の天才だと思う。それで総裁選に立候補して自民党をぶっ壊した。


■安倍元首相に「トランプを口説けないなら総理を辞めろ」

ーみなさん田原さんに連絡したり相談したりして、自分の政策を実現させようとしてきたんですね。安倍晋三元首相に対しては田原さんは「辞めろ」と言っているイメージが強かったんですけど、安倍さんとも繋がっていてアドバイスをしていたんですか? 田原:言うべきことをちゃんと言っただけ。3年前にアメリカのトランプ大統領が「北朝鮮は悪魔の国」だと言って、今にも武力行使をやろうとしていた時期があった。そのときに安倍さんを呼んで「もしアメリカが北朝鮮に武力行使するなら、北朝鮮にとってはすごく好機で日本に対して戦争をしかけてくる。日本は戦争になるぞ。どうする?」と言った。すると「大変困る」と言うんで「トランプと自由にしゃべれる日本の政治家たちで早くアメリカに飛べ。トランプを口説け。北朝鮮の金正恩がどういう条件を飲めばテーブルにつくかを聞け。口説けたら今度はただちに北朝鮮に飛べ。金正恩にこういう条件ならトランプがテーブルにつくからって言えばたぶんOKする。やんなさい」と言った。安倍さんが「トランプを口説けるかな」って言うんで、「口説けないなら総理辞めろ」と。それで「そういうことを言ってくれるのは田原さんしかいないよ。分かった」ということになった。


■テレビジャーナリズムを取り戻すには?



ー田原さんはタブーにどんどん切り込みますけど、圧力をかけられたりしないんですか? 田原:僕は幸いフリーだから。テレビ局員や新聞社の社員は大変だと思う。何かあれば左遷でしょ。僕にはそれがないから。 ー圧力があったかどうか真相は分からないですけど、NHKのクローズアップ現代の国谷裕子さんや報道ステーションの古舘伊知郎さんがキャスターを降板しました。テレビからジャーナリズムがどんどんなくなってきていると思いますが、どうしたらテレビジャーナリズムを取り戻せますか? 田原:たかまつさんがいたNHKは大変だと思う。NHKは受信料を取っていて、その予算を決めているのは国会なんだよね。自民党が多数派だから、自民党に気に入らないことを言ったら予算が取れなくなっちゃう。 ー“田原さんイズム”を引き継げる環境が、今のテレビにはないように思います。 田原:ジャーナリズムは中立じゃなきゃいけないというのは、冗談じゃない。自分の意見はちゃんと言っていいんですよ。だって世の中に中立なんてありえないんだから。ただ、民主主義として自分と反対の意見もちゃんと提示して認めなければいけない。だから「朝生」もBS朝日の「激論!クロスファイア」も、自民党にも共産党にも出てもらう。司会者であっても自分の意見を持つべき。最近は自分の意見を持たない司会者が多いからね。




■死ぬまで「朝まで生テレビ」




ー朝生は田原さんがいないと成り立たない番組だと思っています。そもそも引退を考えることはあるんですか? 田原:考えていません。プロデューサーからも局からも引退しろって言われていない。再来年が「朝生」の35周年、4年後には「激論!クロスファイア」の15周年なんですよ。これはやりたい。一番ハッピーなのは番組で死ぬこと。いま86歳だから、普通だったらいつ逝ってもおかしくないもんね。 ーいつまでも続けてほしいと思いますが、田原さんの後継者と呼べるような人は育っているんですか? 田原:若い人を育てたいと思っている。政治家で言えば、衆議院議員の齋藤健さん。人がいいし、何でも言いたいことを言う。自民党が変わらなきゃだめだと彼には言っている。それからジャーナリストの津田大介さん。彼には本当に育ってほしい。


■取材のためなら裸でセックスも




ー田原さんの著書をたくさん読ませていただく中で、タレントの水道橋博士さんが「田原さんが日本で最初のAV男優だ」とおっしゃっていたのに驚きました。番組の取材で全共闘(全学共闘会議の略。1968年から69年にかけての大学闘争で、従来の学生自治会とは別に大学改革を掲げてつくられた)の元メンバーの結婚式を取材したそうですね。列席者の男性たちと花嫁が順番にセックスするという異常な状況。みんなが裸になるから、田原さんもカメラマンも裸になったそうですが本当ですか? 田原:全共闘の仲間内の結婚式で、面白いと思って取材に行った。そしたら、全員が裸になって、撮影スタッフも全員裸になれと言われた。嫌なら取材させないと。 ーそれで花嫁から田原さんが指名されて、花嫁を抱いている姿が地上波で流れたそうですね。自分の裸が映るの恥ずかしくなかったんですか? 田原:恥ずかしいですよそれは。でも恥ずかしい以上に取材をしたいと思った。 ーロケで訪れたアメリカでも、マフィアの経営するバーを撮りたいと言ったら、「玉突き台の上で女とやったら撮らせてやる」と言われて、黒人の娼婦相手に台の上で裸でセックスしたそうですね。 田原:やらなきゃ取材させないって言うんだからやった。警察署長がみんな来ていて面白い集会だなと思った。おかげで撮影も許可されて取材できた。 ー田原さんって、性にけっこうみだらな人なのかと思ったら、意外と結婚するまでは童貞だったということも記事で知りました…。生涯で自分から望んでセックスをした女性は2人だけだったと知って驚きました。 田原:実は、売春を1回もやったことがないんですよ。仕事仲間に連れて行かれた風俗で「お金を払うから帰らせてくれ」と言って、相手を怒らせたこともあった。真面目というよりは、そういう気になれないだけ。


■27年間の不倫と再婚、妻の介護




ー田原さんは、性に対してそんなに真面目なのに、実は不倫を27年間されて、その方と再婚されたんですよね?びっくりしたんですが、それはなぜですか? 田原:こんなに気持ちが通じ合える女性がいなかったんだよね。最初の女房はとてもいい女性だったけど、僕の仕事の中身にはあんまり関心を示さなかった。2人目の女房は、仕事の中身にもすごく関心を持ってくれて自分の意見をはっきりと言ってくれた。 ー田原さんの奥様は2人ともご病気で介護を経験されたそうですね。介護が楽しくてこれは新しい愛の形だとおっしゃっていました。私には衝撃的で全然理解できなかったんですが…。 田原:2人とも乳がんだった。認知症になってからだと辛いかもしれないけど、介護をすれば相手も感謝してくれるじゃない。2人目の女房は歩けなくなって車椅子だった。お風呂に入れるときには、裸になって湯船にざぶんと。楽しいよ。普通なら入らないもんね。 ー田原さんは、恋愛は2種類あるとおっしゃっています。「征服する恋愛」と「尊敬し合う恋愛」だと。これはどういうことですか? 田原:僕は女性を尊敬している。女房は2人とも乳がんだったけれど、偉いところは2人とも最後まで泣き言を言わなかったところ。


■野党が強くなれば若者の投票率も上がる?




ーつらい闘病生活で弱音を吐かないなんて私には無理です・・・。最後に、いま若い人たちに選挙に行こうと呼びかける活動をしているんですが、若者に政治に関心を持ってもらうにはどうしたらいいと思いますか? 田原:若い人が選挙に行かないのは、どうせ行ったって政治は変わらないと思っているから。野党が弱すぎるんだよ。野党が強くなって緊張が生まれれば、若者も選挙に行く。あのアメリカだってトランプ大統領が落選する可能性がある。でも日本では自民党が野党に政権を取られるなんて思ってないから、安倍内閣は次から次から好きなことやって安心しきっていた。とにかく野党が強くなれと言っている。

 ーどうしたら野党が強くなりますか? 田原:野党が強くなるためには、自民党の政策に安易に反対することをやめろと。例えば、野党がアベノミクスを批判するけれど、国民は批判なんて聞きたくない。批判ではなくて、野党が政権を取ったらどういう経済政策を取るのか具体的に対案を示してほしいと思っている。自民党に反対していれば当選すると考える野党の議員は怠け者だ。


ーありがとうございました。解散総選挙も噂される中で、これまで以上に政治の動向を注視したいですね。

<動画はこちらから> 朝生いつ引退するのか聞いてみた。テレビと政治の深い闇。



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