FRauより転載(2024年12月31日配信)
2016年、3歳と1歳の乳飲み子を抱えながら、日本で初めて育休中に国政選挙に出馬し、当選を果たした国民民主党 参議院議員の伊藤孝恵さん。テレビ局の報道記者から資生堂、リクルートへと転職し、大学の非常勤講師を経て政治家になった異色の経歴、そして票につながらないけど大切な政策に数多く携わる伊藤さんの姿勢に、笑下村塾代表取締役のたかまつななさんは強い関心を抱いてきたという。
2018年に超党派ママ・パパ議員連盟を立ち上げ、こども・子育て政策を推進するとともに、「孤独・孤立対策基本法」「ヤングケアラー支援法」「特定生殖補助医療法」の議員立法、就職氷河期世代に向けた政策や内密出産に関する法整備などなど、「まだ、ここにない政策」の実現に力を入れてきた伊藤さん。彼女を突き動かすものは何なのか、たかまつさんがじっくり話を聞いた。

※本記事は、ジャパンエフエムネットワークのラジオ番組「PEOPLE~たかまつななの政治家とだべろう~」(毎月第一日曜日午前5時〜JFN系列FM29局でOA)の内容を記事化したもの。番組は12月1日放送、取材は11月18日に実施。
産後うつの時に見たFacebook広告がきっかけ
――10月の衆院選で国民民主党は議席を7議席から28議席と4倍に増やして大躍進し、政界のキャスティングボードを握っていると言われています。玉木(雄一郎)さんにも以前、この番組にご出演いただきましたが、今はおめでとうございますと言いにくい状況です(※)。
※編集部注:国民民主党代表の玉木雄一郎議員は11月11日に知人女性との不倫が報じられ、同党は12月4日に玉木議員を3カ月間役職停止とする処分を決定した。
伊藤:本当に大切な時期に何をやっているのか……。ただ、これによって政策論議に水を差すようなことがあってはなりません。なので、影響がないように努めたいと思います。
――まずは簡単に、伊藤さんのプロフィールを紹介させていただきます。昭和50年生まれの名古屋市生まれ。金城学院大学を卒業後、テレビ大阪に入社されます。プロデューサーとして制作したニート(若年無業者)をテーマにしたドキュメンタリー番組で第一回TXNドキュメンタリー大賞を受賞。その後、資生堂を経てリクルートへ入社。2013年には母校の金城学院大学の非常勤講師として着任。2016年に民進党の公募候補として出馬し初当選。2018年から国民民主党に参加。2022年に再選を果たし、愛知県選挙区で初の「二期目の壁」を突破した女性議員となりました。すごいご経歴ですね。どうして政治家になりたいと思われたのですか?
伊藤:私は不妊治療を経て2人の女の子の母になったのですが、下の子が生まれたときに一側性難聴(※)と診断されました。報道記者として障がいのある方に取材をする中で、自分にはそういった方々に対してネガティブな感情はないと思っていました。でも、いざ自分の子どもがとなったときに、ものすごくショックでした。でも一番ショックだったのは、ショックを受けた自分自身に対してでした。そして産後うつに陥り、ある夜、眠れずネットサーフィンをしていると、Facebook広告で山尾志桜里さんと玉木雄一郎さんが民主党の候補者を公募しているのを見かけたんです。そこには「世の中には納得のいかない法律や制度がいっぱいある。それを唯一自分の手で変えられるのは政治家であり、政治家の仕事は一つだけで、子供たちの未来を作ること」と書いてありました。健康な時だったら「政治家のきれいごと」として流していたと思いますが、精神的に追い詰められていた状態だったのもあって、その言葉が妙に心に響いたんです。号泣しながら、一晩で応募書類を書き上げました。
※編集部注:一側性難聴は左右どちらかの耳が高度に難聴である状態を指す。音の方向や距離感がつかみにくいため、聞き逃しや聞き間違いなどがあり、耳鳴りや補充現象(音の感じ方が敏感になる現象)、めまいなどの症状を伴うこともある。「聞こえる人」であるため、身体障害者手帳、補装具支給、障害者雇用などの支援が受けられない(参考:片耳難聴の情報・コミュニティサイト「きこいろ」)。
子への理不尽を嘆くのではなく、それを変えられる母になりたい
――特にどういった制度を変えたいと思われたのでしょう。
伊藤:障がいのある子どもたちを取りまく制度です。私が亡くなったあと、一側性難聴を持つ次女はどういうところで学び、働くのか。そして私がいなくなったあとの日本は、どういう社会になるのかーー今まで考えたこともなかったような未来を、娘の障がいと向き合うなかで初めて調べたんです。
すると、現状ある制度はどこか冷たいというか、自己責任のような印象がある。その一方で、障がいのある人たちを守ってあげるよというスタンスで作られている法律が、実はその人たちの生きる場所を制限していたりもする。報道記者をやっていたのにそういった問題に気づかなかったのかと言われるとお恥ずかしいのですが、当事者になって初めて見えることがたくさんありました。
――政治家になると決めたとき、旦那さんからの反対はありましたか?
伊藤:旦那は産後うつ状態の私を見て、もしかしたら次女を抱っこしながら飛び降りてしまうのではないかと思いずっと見張っていたらしいんです。そんな中で私が、「世の中は障がいのある人に優しくない、理不尽だ不公平だと愚痴を言いながら生きるのではなく、だったらそれを変えてやる!と立ち上がる、母としての人生を生きたい」と言って立候補することを伝えた時、夫は「うちの妻は変わっとるな」と思ったらしいんですけど(笑)、一方で、どん底からV字回復してポジティブになった姿を見てホッとしたようです。
その分、夫の育児負担や家事負担が増えたわけですが、それでも今こうして私と子どもが生きていていることに感謝しているそうです。夫が酔っ払ったときに私の仲間たちに言ったのを、私が又聞きしただけなんですけど(笑)。
家族との時間も大切にしたい…怒られながらも貫いた、独自の選挙法
――素敵なご夫婦です。伊藤さんは2022年の参議院選挙で、愛知県選挙区で初めて二期目の当選を果たした女性議員になられたそうですね。
伊藤:そうなんですよ。150年の歴史の中で、愛知県では「二期目の壁」を突破した女性議員はいなかったんです。国が性別役割分担意識に対する全国調査(※)を実施しているんですが、「夫は外で働き、妻は家庭を守るべき」という考え方に賛成と回答した人が全国平均では35%なのに対し、愛知県だけに限るとそれが40.7%に上がるんです。さらに愛知県の男性だけに限ると、46.5%に跳ね上がる。一概には言えませんが、そうした地域的な価値観は多少なりとも背景にあると思います。
※県民文化局「男女共同参画意識に対する調査」(2019年)および、内閣府「男女共同参画社会に関する世論調査(2019年)。
――その中で、選挙戦も独自の戦い方をしていましたよね。
伊藤:本当にいろいろな方々から怒られましたけど、朝8時から夜8時までしか選挙活動はしない、という戦い方をしました。ふつうは、始発から終電まで駅に立って、声を枯らして選挙をするわけですが、私の中では、「なんで選挙中だけ頑張るんだ」という疑問がありました。私は一期目の6年間、頑張ってきた。なので、選挙期間中もふつうの生活を続けながら、頑張ってきたことを訴えればいい。ある一定の期間、ろくに家族にも会えないなんて、おかしいですよね。日常の延長線上に選挙はあるべきだと思うんです。
選挙の当たり前を変えないと、後に続く人にも疑問を抱かせながら選挙をやらせることになる。私が叩かれながらもあの戦い方をして当選したことで、一つ獣道が開通されたと思っています。
政界は「回転ドア」のように多様な人材が出入りすべき
――先の衆院選後の、玉木さんの「一期生の仕事は二期生になることだ」というXのポスト(11月4日投稿)がすごく嫌でした。
伊藤:私も、その言葉には違和感があります。私たちは4年なり6年なり、限られた任期の中で市民の当たり前の感覚を代弁し、立法府で制度や法律にする任務を、投票してくださった皆さんの思いで与えられている。なのに、あのポストは「別にあなたの任務、どうでもいいよ」と言っているようなものですよね。なので、玉木に改めてこのことを伝えておきます。
――そういうのって、言えるんですか?
伊藤:はい、うちの政党は戦うときは政策議論で戦うので、振る舞いなどに関して「それおかしいよ」と言っても、別に引きずらないんです。二期生になるのが仕事だとか、バッジを持ち続けるのが正しいという価値観こそが、議会の多様性を失わせていると思いません?
――そう思います。だから、あのポストはものすごくショックでした。
伊藤:議会の多様性のために、「リボルビングドア」という一般社団法人、そして「議会におけるリボルビングドア推進議員連盟」という議員連盟を仲間と一緒に立ち上げたんです。「リボルビングドア」というのは英語で「回転ドア」のこと。働いている人が課題だと感じたことを、議会の中に入って政策として実現したら、また働く場所に戻ってもいいと思うんです。人生のある一時期、政治家をやるということは、社会の問題を自分ごととして捉えられる素晴らしい機会でもある。私は会社員を続けていたら会えなかった人や見えなかった景色、知らなかったことを知ることができました。リボルビングドアのようなあり方が多く実現できたら、もっといろいろな人が政治に挑戦できると思うんです。
◇続く後編【生まれて0秒で殺される子を減らしたい…伊藤孝恵が「子どもの幸福度」が低い日本を変えるために考えたこと】では、伊藤さんとたかまつさんが共通して取り組んでいる学校内民主主義の必要性に関する話や、伊藤さんがいま一番課題意識を持って取り組んでいる内密出産の問題について伝える。
※取材の動画をYouTubeチャンネル「たかまつななのSocial Action!」で配信中。