自衛隊の明記、緊急事態条項……改憲議論はどこへ向かう? 憲法学者と弁護士と徹底分析
- 笑下村塾

- 3月2日
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先の衆議院選挙で自民党が単独3分の2を超える議席を獲得し、憲法改正議論は新たな局面を迎えています。高市総裁が掲げる改憲のロードマップ、そして野党の変節。私たちの生活に直結する「9条2項削除」や「緊急事態条項」の議論は、どこへ向かうのか。九州大学法学部教授の南野森氏と、弁護士の倉持麟太郎氏を迎え、社会起業家のたかまつななが、今まさに国会で始まろうとしている改憲論議の本質と、国民が注視すべきポイントを深掘りします。
※当記事は、YouTubeチャンネル『たかまつななのSocial Action!』のために2026年2月19日に取材した内容を元に作成しました。

選挙結果で高まる改憲の機運
ーー 今回の選挙結果を受けて、憲法改正が以前より前に進みそうだと感じていますが、お二人は改憲論議が高まっていくと思われますか。倉持さん、いかがでしょうか。
倉持: 私は今回の選挙期間中、14日間ずっと現場の近くにいたんです。地方も回って地元の風を感じようとしたのですが、全く分かりませんでした。高市さんが勝つとは思っていましたが、たとえ、立憲民主党のままであっても、中道(改革連合)の代表を他の人に変えても、政策を分かりやすくしたとしても、流れは変わらなかったのではないかと思います。高市さんは世論調査で他を突き放していくのに合わせて、街頭でも憲法改正を言い始めましたから、これはやるんじゃないかなという気がします。
ーー 自民単独で3分の2というのはすごい数字ですが、参議院はそうではありません。論点によっては他党も乗ってきて改憲が進むのでしょうか。
倉持: 2年後には参院選もありますが、このままいけば自民党がかなり勝つのではないかと。
南野: 僕も倉持さんと同様の印象を持っています。福岡で選挙戦を見ていても、中道の一般無党派層に対する野党のアピール力のなさを感じました。高市さんが憲法改正を言い出したのは後半からです。1月30日に福岡に来られた際は、責任ある積極財政など経済政策が中心で、スパイ防止法などの「高市さんらしい」政策はほとんど仰っていなかった。それが2月2日の新潟での応援演説あたりから、憲法改正を仰り始めた気がしますね。
参議院については、自民・維新だけでは3分の2に届きませんが、参政、国民、日本保守党、みらい、そして無所属議員を足していくと、論点次第では衆参両院で3分の2が成立する可能性はあると思います。
憲法審査会の「顔」が変わり、スピードアップする兆しも
ーー 実際に改憲を進める場合、国会ではどのような手順になるのですか。
南野: まずは衆参の憲法審査会で原案を策定します。案が整ったら衆参それぞれで採決にかけ、3分の2以上の賛成が得られれば国会として「発議」され、国民投票にかけるという流れになります。

ーー 憲法審査会の人事が注目されていますが、衆議院の会長に古屋圭司さんを調整中という報道もあります。(注:取材翌日に古屋氏が就任した)
南野: 今までは立憲民主党の枝野(幸男)さんでした。枝野さんは改憲に謙抑的だったので、これまではそれほど進まないと思われていました。しかし、古屋さんは知る人ぞ知る改憲派ですから、審議のスピードがアップしていく可能性がありますね。
倉持: 原案の出し方には、衆議院100人・参議院50人の賛成で出すパターンと、超党派の「合同審査会」で揉んで出す本来のやり方があります。ただ、今は「条文起草委員会」を作れという話が出ています。以前は衆議院で、自民、国民、維新などが緊急事態における「議員の任期延長」の条文案を作ろうとする動きがありました。今後は議席数に応じた割り当てになりますから、自民党がほとんどの状況で強引に採決を進めることも可能でしょう。
ーー 参議院側はどう動くのでしょうか。
倉持: 衆参には温度差があります。例えば議員の任期延長についても、参議院では「解釈でいける」という考えを持つ人も多く、自民党内でも参議院は独自のアイデンティティーを持っています。参議院の憲法審査会は誰がやるのか、そこが高市色に染まれば進むでしょう。
南野: 衆議院でこれだけ圧勝すると、参議院も遠慮する空気が出るかもしれません。小泉(純一郎)さんの郵政選挙の際も、衆議院で圧勝した後に参議院が意見を変えた例があります。ただ、緊急事態条項については、衆参で考え方がかなり違う。参議院には「緊急集会」という独自の制度があって、衆議院議員がいなくても自分たちだけで法律を作れるため、「緊急事態条項は俺たちがいるんだから要らない」という考え方が一定程度あるんですね。そこが今回の選挙結果を受けてどう変わるかですね。
「いい改憲」と「危ない改憲」の境界線
ーー 今後の議論で私たちが押さえておくべきポイントは何でしょうか。
倉持: 議論されてきたのは「緊急事態における議員の任期延長」、そして「国民投票法」ですね。国民投票については、「広告規制」や「SNS規制」の問題。あとは「9条」ですね。先日、(前参議院議員の)佐藤正久さんとお話しした際も、9条をやるんじゃないかという感じがしました。

ーー 議論の一致ができそうなのは、やはり緊急事態条項や9条への自衛隊明記ですか。
倉持: 本来なら、野党側が「解散権の制限」や「53条に基づく臨時国会の召集期限明記」などを出していれば、自民党を乗せることもできたはずです。しかしそれをしてこなかったので、今は完全に自民党の土俵で「9条」と「緊急事態条項」がメインになっています。
南野:僕はよく「護憲派」と言われますが、条文の書き方次第では非常に副作用が大きく、危ない可能性があるものがあるんです。だからこそ慎重な議論が必要です。一方で、最高裁判所裁判官の国民審査制度の改革など、イデオロギーを超えて合意できそうな論点もありますが、今の国会では9条と緊急事態条項が中心になるでしょうね。
ーー 南野先生は改憲自体に反対というわけではないのですね。
南野: はい。憲法学者の役割は、ある改憲案が出た際に、それが「いい改憲」か「危ない改憲」か、予測される効果を知らせることだと思っています。一言一句変えてはいけないとは思いません。ただ、これまでの改憲案には「改憲しなくてもできるもの」や「むやみに変えると危ないもの」が多かったので、反対スタンスに見られているのだと思います。
倉持: 今回の選挙で「護憲対改憲」というネオ55年体制のような構造が、全く国民に刺さらなかったことが明らかになりました。「ママ戦争を止めてくるわ」みたいなハッシュタグが一部のエコーチェンバー内では流行っても、一般には響かなかった。私たちが不幸だったのは、自民党の提案する改憲案しか知らなかったことです。例えば、同性婚、憲法裁判所の設置、人権カタログの拡張など、権力を規律し自由を保障するための「カウンターとしての改憲提案」をリベラル側ができるかどうかが、再生の鍵だと思います。
南野: 憲法学会も世代交代が進んでいます。上の世代は戦争体験もあり非常に護憲的ですが、下の世代は「いいものはやる、悪いものは止める」という是々非々の人が多い。例えば、天皇の国事行為の見直しや、7条解散の整理、天皇と政治の距離の再設計などは、憲法学者が制度設計として関与すべき課題だと考えています。
「イケイケ」に変わった維新の提言
ーー 高市さんがやろうとしている改憲は、どのようなものになりそうですか。
倉持: 高市さんはかつて「9条2項削除」を主張していましたが、最近の演説では「自衛隊明記」に変わっています。また、自民と維新の連立合意文書では、維新の提言を踏まえて9条改正に向けて進めるとなっているのですが、維新の提言は「9条2項削除」なんです。このすり合わせをどうするのか。他にも、かつての自民党草案にあった「公共の福祉」を「公の利益」に変えるといったこともぽろっと言ったりしていました。
南野: 高市さんは2012年の自民党の全面改憲案という、憲法学会では不評だった改憲案が一番いいと言っていました。自民党の現行の4つの改憲項目(憲法9条改正、緊急事態条項、合区解消、教育の充実)とは少し違います。
注目すべきは維新の変化です。以前の維新の案は、9条1項・2項を維持したまま「9条の2」を設けて自衛隊を書き込むという、非常によく考えられたものでした。しかし、2025年9月に彼らは一変し、9条2項を削除して「国防軍」とし、集団的自衛権もフルスペックで認めるという、かなり「イケイケ」の案に変えてしまいました。
ーーなぜ維新はそこまで変わってしまったのでしょうか。
倉持: 維新の藤田さん(藤田文武・共同代表)とお話しした際、非常に前のめりでした。政治家生命を賭けて憲法と皇室典範を変えたいと。佐藤正久さんも「(自衛隊明記は)公明党がいた時の案だ」と強調されていましたから、空気を見て9条2項削除まで踏み込むつもりでしょう。また、皇室典範に男系原理主義的な要旨案を入れることにもアクセルを踏むと思います。
南野: 皇室典範については、僕も「女性天皇」を認めるような改正はすべきだと思っていますが、それは憲法改正の必要はありません。問題は「どう変えるか」を議論せずに、ブームや人気投票のように「変えよう、変えよう」と突き進む危うさです。
権力集中と人権制限の危うさ
ーー緊急事態条項についても詳しく教えてください。
南野: 簡単に言えば、国家の存亡が危ぶまれる事態に、例外的に一時的に権力を内閣に集中させ、憲法で保障されている人権を部分的に停止する仕組みです。今議論されているのは、災害時などに「議員の任期を延長する」という点
です。
ーーコロナ禍に緊急事態条項があれば、何か変わっていたのでしょうか。
倉持: あの時の緊急事態宣言は、法的根拠の曖昧な「お願いベース」でした。要請に従わなくてもいいはずなのに、同調圧力で99.7%の飲食店が従った。国家が責任を取らずに済む、非常に「柔らかい制限」だったんです。衝撃だったのは、宣言当日に裁判所が全期日を取り消したことです。立憲主義の砦である裁判所が、行政が宣言を出した瞬間に機能を止めてしまった。本来の緊急事態条項は、「これだけは制限してはいけない」という人権を守るためのものであるべきですが、日本の議論はどうしても「権力集中と私権制限」にベクトルが向きがちです。
南野: 世界を見れば、フランスのように大統領が独断で宣言を出し続けられてしまう失敗例もあれば、ドイツのようにナチスの反省から非常に使いにくくしている例もあります。日本で「内閣が法律と同じ効力を持つ命令を出せる」という条文を曖昧に置いてしまうと、誰も止められなくなる恐れがあります。憲法学者の知恵を借りて、侵害してはいけない条項を明記するなど、精緻な設計をしないと本当に危ない。
ーー 議員の任期延長についてはどうですか。
倉持: 非常に些末な議論だと思います。参議院には緊急集会の制度があるのですから。
南野: OECD諸国でも任期延長を定めている国は少ないです。本当に選挙ができない事態になれば、事実上の力で乗り越えるしかない。わざわざ憲法を変えてまで準備しておく現実的な必要性があるのかは疑問です。緊急事態法制は既に個別法(災害対策基本法など)として存在します。憲法を変えなければできないことなど、実はそれほど多くない。

9条2項削除の本当の意味とは
ーー最後に9条について、「自衛隊明記」と「2項削除」の違いを整理させてください。
南野: 1項(戦争放棄)は誰もいじろうという人はいません。2項の「戦力不保持」をどうするかが論点です。2項を維持したまま別の条文に自衛隊を書くのか、あるいは2項をばっさり書き換えてしまうのか、ということです。昔から護憲的改憲論みたいな言い方があって、自衛隊は誰が見ても軍隊であるのに、政府はこれを絶対に軍隊とは言わず、必要最小限度の実力だと言い続けるわけですが、これはまやかし、欺瞞ではないかと。存在するものはきちんと認めて書くべきだという意見は憲法学者の中でも一定数あります。
倉持: 私は、9条の2を削除すること自体は認めますが、自衛隊を軍隊だと認めて、自衛権の範囲や国会承認の手続きを含めて憲法に書くべきだという立場です。何も書かずに2項だけ削除するのが一番危ない。それはフルスペックな集団的自衛権だし、規律がないからです。国際法と一致させるべきです。国際法の範囲を超えなければ国内憲法で自衛権の範囲を規律してもいいわけですから、自衛隊の範囲を明記して規律するのが一番いいと思っています。
南野: 日本人は憲法を国家の理想を語るものと捉えがちですが、本来は、権力を縛るものです。9条2項という「重し」のようなものが取り払われてしまうと、法律のレベルでどんどんフルスペックの集団的自衛権をやりましょうということになりかねない。だから9条2項を削除することは、この国のあり方を大きく変えることになると思います。自衛隊が戦前の軍隊のように横暴にならず、信頼を得てきたのは、憲法に書かれていない「日陰者」というか、戦前の軍隊のようになってはいけないという自覚があったからだという側面を、過小評価してはいけないと思います。
ーー9条の理念を守りつつ、時代に合わせる。二者択一ではない議論が必要ですね。
倉持: 私たち法律家も、憲法を活用することで自分たちの権利が守られるんだ、ということを分かりやすく伝えていけるよう頑張ります。
南野: 国民投票は最後は国民が決めるものですが、専門的な理解は不可欠です。一時のブームや「誰が言っているか」ではなく、「何を提案しているか」という中身を判断する目を養っていただきたいと思います。
ーーリベラル側もただ批判するだけでなく、例えば解散権の制限など、自分たちが大切だと思う価値をどう守るかという、対案としての改憲を提示すべきだと感じました。本日はありがとうございました。
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