top of page

“いま起きていること”をどう取り上げ、実践するかが市民教育の鍵

  • 執筆者の写真: 笑下村塾
    笑下村塾
  • 6月20日
  • 読了時間: 8分

日本では2016年から選挙権年齢が18歳に引き下げられたことで、以前より主権者教育に力を入れるようになりました。今回は、主権者教育について全国で授業を行ってきた笑下村塾のたかまつななが、イギリスの市民権教育の現状と日本の市民権教育をより良いものにするためのヒントを、イギリスで市民教育を行う慈善団体「Association for Citizenship Teaching(ACT)」代表のLiz Moorse(リズ・ムーア)さんに取材しました。(取材日:2022年3月7日)

市民権教育ができる教員が足りない


――Association for Citizenship Teaching(ACT)について紹介をお願いします。


Liz Moorse(リズ・ムーア)さん(以下、リズ):私が運営するAssociation for Citizenship Teaching(ACT)は、小さな慈善団体です。  先生と学校が最高の市民権教育を行うサポートをしています。


――イギリスにおける市民教育について教えてください。


リズ:市民教育とは、民主主義、政府、政治、法律、司法制度、道徳、社会的ジレンマ、平等、人権、国際関係や、アクティブ・シチズンシップ(能動的市民)というとても重要な考え方の教育も含みます。アクティブ・シチズンシップのもとでは、生徒たちは自身が関心のある事象の原因や問題に取り組むため、積極的に民主主義社会へ参画することが推奨されます。民主主義社会をみんなにとってより良いものとする活動に彼らを巻き込むのです。


イギリスには(地域によって)4つの異なる教育制度が存在しています。


イングランドでは、カリキュラムの中に「市民権」という教科があり、学校によっては専任の教員が在籍しています。


スコットランドには、違ったアプローチのカリキュラムがあります。彼らの学習範囲には社会的、民主的な問題を扱う教科が含まれています。また、「近代研究」と呼ばれる、歴史と公民教育・市民権教育を結び付ける教科もあります。


北アイルランドでは、「Learning for Life(人生のための学習)」「Learning for Work(仕事のための学習)」と呼ばれるカリキュラムがあり、その中で市民権についても学びます。また、イングランドと同様、GCSE(General Certificate of Secondary Education(義務教育修了を認定する国家試験))を実施しています。


ウェールズでは最近カリキュラムが変更され、市民権や政治教育を含む社会学という教科が導入されました。


4つの地域には、共通の課題・問題があります。


十分なトレーニングを受けた教員の数が足りず、(市民権について教える)自信や能力が不足しているのです。この教科は何のために教えるのか、何を教えればいいのかと戸惑ったり、政治的にセンシティブな問題や賛否が分かれるようなトピックをクラスで取り上げることに不安を感じたり。


また、学校のカリキュラムが膨大なうえ、他にも優先順位が高い業務があり、学校側が何に集中すればいいのか、どうするのが最善なのか判断するのが難しいというのも問題です。


現実のニュースや社会問題に基づいて授業を組み立てる


――市民教育ではどのような授業が重要なのでしょうか。


リズ:教員は市民教育における重要なテーマを、扱いやすく教えやすいトピックに分解していきます。そのテーマと、生徒に学び取ってほしいことをベースにカリキュラムを組むのです。


例えば、生徒たちにイギリスの政治システムがどのように機能しているのかを知ってほしい場合、それを実現できるように授業を構築する必要があります。できるだけ授業の中に実際の課題を取り入れるよう推奨しています。


教員は現実の問題を授業に取り入れる方法を探しています。ニュースで取り上げられるような問題です。現在であれば間違いなく、新型コロナウイルスのパンデミックやウクライナとロシアの状況に不安を感じているでしょう。市民権教育の教員は生徒たちが現実世界の問題について真剣に考えられるよう、このような現実のトピックについての授業を組み立てるよう努めるのです。


――若者に自分たちには社会を変える力があると気付かせたり、成功体験を与えるためにはどうしたらよいのでしょうか。


リズ:生徒たちが能動的に学習するよう促し、彼らが関心を持つ問題や出来事を取り扱うのが重要です。それを実現するには熟練の教員が必要です。また、学校の文化が重要な場合もあります。


教室で民主主義について教えるとき、誰もが発言権を持ち、意見を述べる権利を持っています。そして、民主的な学習の場として、学校全体にもその状態を浸透させる必要があります。


生徒たちに実体験から学ばせる方法のひとつは、実際に決定権を持つ生徒会や討論会などを用いて学校に民主主義を持ち込むことです。このことは、他の生徒との積極的な意思決定に参加することを通してリアルな議論を経験させる良い方法です。時には、全校生徒の利益のために何かを改善したり変更するべきだということを学校のリーダーたちと議論することもあるでしょう。


学校というコミュニティを実世界のモデルとして使うわけです。本物の政治家に生徒を会わせることも、とても良いアイディアです。学校の近所で活動するような地方議会の政治家や国会議員の両方と連携することを私たちは学校に推奨しています。


Zoomのようなツールを使うことで政治家との対話をすることは案外簡単に実現できるでしょう。うまく段取りができれば、地元のコミュニティでの課題や国レベルの課題、さらには世界について政治家と話すことで、生徒は自分たちには変化を起こす力があると感じることができると思います。


また、私たちはACTive Citizenship Award Schemeというものを主催しています。これは生徒たちが問題を解決するために他の人と一緒に行動を起こすことを促し、そうした行動を評価するためのものです。時として、民主主義社会の中の生徒たちの役割を承認し、称賛し、評価することはとても重要なことです。


生徒たちには可能な限り色々なタイプの問題に取り組ませ、ポジティブな変化を起こすための最善策は何か、達成したいのはどんな状態なのかを自分で導き出させることも重要です。良い選択をするためのサポートを先生がする必要もありますが、可能な限り生徒自身が考えることで、問題解決自体にモチベーションを感じるようになります。これは生徒たちに力を与えることになります。


ひとりでできない場合は他の人と協力すること、変化を起こすには時間がかかる場合もあるので物事に対するアプローチがブレないようにすること。それは市民権を学ぶ生徒にとっても非常に重要な教訓でしょう。


繊細な話題を扱うため、生徒をよく理解することが必要


――先生にとって必須のスキルとは?


リズ:市民権を教える先生は生徒をよく知り理解することがとても重要であり、繊細で賛否が分かれるような問題を議論する際にはよく練られた基本ルールを設ける必要があります。


先生と生徒はしばしば、実世界の繊細な問題、政治的な問題、賛否が分かれるような問題について話し合います。このような問題にはたくさんの観点や見解があります。


たとえばウクライナの現状を例に取っても、これは非常に難しい国際的な争いであり、今起きていること、ウクライナの歴史、被害を受けている人々、個人レベル・国レベルで何ができるのか、などの点において様々な見方があるでしょう。


そして教室でどこまで話し合ってもいいのかの境界を見極めることは熟練の先生でなければ難しいでしょう。中には親戚や友達が戦場にいて被害を受けている生徒もいるかもしれず、そういった生徒は敏感になっているためです。


そして、特定の問題について授業で扱う教育上の目的を常に考える必要があります。世界で起こっている何かに生徒たちが心配や不安を抱えていたとしても、その瞬間に議論することがベストなタイミングとは限らないのです。


熟練の先生になると、「それではこのトピックについて話し合いましょう。ただその前に、この複雑な問題について理解するために調べ物をしましょう」という風に進行するかもしれません。話し合いやディベートの前に、その問題に対する生徒たちの知識と理解を深めるのです。



生活を良くしたいなら、自分の役割を知り、果たすことが大事


――ACTはどうやって政治的中立性を保っているのですか? 日本では30%程度の先生しか特定の政治イベントに関与していません。先生自身への罰則があったり、地方議会や国会との間に問題が発生する可能性があるからです。


リズ:政治的な問題を扱うとき、教員が公平であることは本当に重要です。


教員には自身の政治的見解があったり特定の政党のメンバーだったりするかもしれませんが、教壇ではそのことを忘れ、カリキュラムに沿ってバランスの取れた視点で教えることが市民権の教育上は大切です。


公平性について考えることはとても重要です。完璧に中立になれる人はいないと思います。中立であることはとても、とても難しいことです。ただ、数か月・数学期に及ぶカリキュラムを作成する際には、バランスを重視することと、異なる観点が確実に盛り込まれていることが大切です。


――日本の若者にメッセージをお願いします。


リズ:政治的な問題について勉強したり行動したりすることはとても大事です。政治というのは、身の回りのこと全てに関わっているからです。


世界中のどこであれ、社会の構造、公共サービスの運営、医療、社会福祉といったものには異なる観点が存在します。これらは全ての国の全ての人々に影響を与えるものであり、若者もそうでない人々も、これらに関する決定やそのプロセスに関わることは大切です。


ですから、誰もが社会の一員であり、誰もが発言権を持つ民主主義社会や寛容な国を求めるのであれば、政治的な問題について知り、そのなかで自身の役割を果たすことが重要なのです。


動画でもご覧いただけます



bottom of page