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イギリスの“市民教育”最新事情。「社会参画しない限り、社会にあなたの意志はない」

  • 執筆者の写真: 笑下村塾
    笑下村塾
  • 10 時間前
  • 読了時間: 9分

日本では2016年から選挙権年齢が18歳に引き下げられたことで、以前より主権者教育に力を入れるようになりました。今回は、主権者教育について全国で授業を行ってきた笑下村塾のたかまつななが、約30年前から市民教育(市民としての役割を果たせるようになるための教育。シチズンシップ教育)を行っているイギリスの慈善団体Young Citizens(ヤングシティズンズ)の代表Ashley Hodges(アシュレイ・ホッジズ)さんに、イギリスの主権者教育の現状について取材しました。(取材日:2022年4月7日)


学校での市民教育は十分な時間を確保できていない


――Young Citizens(ヤングシティズンズ)について紹介をお願いします。


アシュレイ・ホッジズさん(以下、アシュレイ):1989年にPhilips卿によって設立された慈善団体です。若者が自分の権利や責任、彼らを取り巻く法律について理解できるよう促すことが目的です。私たちは、子どもたちが権利や責務だけでなく民主制度についても理解し、教員が市民教育に関する本当に上質なリソースにアクセスできる状況を整えています。今ではイギリス国内で最大規模の市民教育の提供者となりました。


Mock Trial(模擬裁判)コンテスト、Make a Difference(変化を生み出す)チャレンジ、Social Action(社会活動)チャレンジといった数々のプログラムを展開しています。(社会に参画する)準備のできた市民となるために必要なメディアリテラシーや、民主的なプロセスが主体的な若い市民を育てる機能を果たしているかの確認まで、全てをサポートをしています。


――市民教育についての課題は?


アシュレイ:学校が市民教育を施すための時間を確保することです。この複雑な社会、政治的状況のなかで、どうやって公平に市民教育を施し、あらゆる観点を網羅し、授業の中ですべての観点について議論する時間を確保するかが、大きな問題の一つです。


――どのような授業を?


アシュレイ:イギリスの市民教育では、法律と司法制度について学びます。自身の権利や法律の役割、裁判所の仕組みなどです。民主主義や国会議員についても学びます。市民権の構造や、もっと広い話だと民主主義が政策立案にどのように影響をもたらすかも学習しますが、学校によって学習範囲には差があります。


イギリスにおける市民教育で特徴的なもののひとつが、基本的な英国の価値観です。少し前に教育省が提唱したもので、法による統治・民主主義・寛容性・信教の自由の重要性といったものです。


私はアメリカ人なのですが、アメリカなどでは、カリキュラムの一貫として(そういった価値観の)教育をしてはいません。


市民教育は“体験”なしには身につかない


――若者に自分たちには社会を変える力があると気付かせるためには?


アシュレイ:イギリスには公権力抗議”という非常に重要な伝統があり、人々は法令は公衆に属すると信じています。しかし、イギリスは自身が主体である感覚を持つ若者が少ないという危機的状況にあります。


私たちは自分たちのプログラムを通して、その問題に取り組んでいます。市民権のスキルについての知識をつけるだけでなく、練習の機会を与えることを重視しています。コミュニティに参画し、法令に対して課題提起し、目指すべき場所について説明できるという、市民に必要な習慣を身に付けさせるためです。


――“市民教育の成功”はどのようにして測るのでしょう。


アシュレイ:知識についてはテストできます。では、自信”については? 私たちは生徒たちに、「法律について質問されたらどのくらい自信をもって答えられますか?」という質問をしています。


文献によると、行動を起こす能力がある人にとっての最大の指針のひとつは、「実際に行動を起こした経験」とあります。ですから、投票をする習慣をつけたい場合は実際に投票する手助けをしてあげるとよいのです。一度何かを経験させてあげると、同じことをする可能性が高くなります。つまり、経験する機会を作ることで、彼らは主体的になるのです。


ただ、それが成功なのかどうかの測定は、難しい問題です。


教員に必要なのは、生徒たちとの難しい議論を回すスキル


――市民教育における、教員に重要なスキルとは?


アシュレイ:法令についての知識と、それらの法令が特定の方法で機能する理由を説明できることが、不可欠なスキルです。しかし、市民権を教えるうえでの最大の障害は、「賛否が分かれるような難しい問題について話す自信」です。社会経済的な問題はとても複雑であり、時に政治的な問題ともなりえます。生徒たちはまったく異なる観点を持っていることもあります。


生徒たちとの難しい会話をうまく操縦するためのツールを準備することが一番重要なことであり、最大の障害でもあると考えています。



――非政治的であるために心がけるべきことは?


アシュレイ:ひいきをせず、政府に対してのフレンドリーな批判であれば、さまざまな政治的な事象に対してコメントをしても問題はないと信じています。ただし、誰に対しても公平であることが条件です。特定の政党のみを対象にすることはNGです。


――教育における政治的中立性はどのように担保しているのですか? 


アシュレイ:イギリスでは、教育省から政治的に公平であるよう定められています。このルールについては、ちょうど最近、政治的公平性に関する論争があったため更新されたばかりです。

だからこそ、教員のトレーニングに加えて教育省のガイドラインがあることが非常に重要です。間違った理解をしないために。



イギリスの企業は市民教育への寄付が当たり前


――日本では中立でないと(政治的に特定の思想が介在すると)みなされると罰則を設けられるため、政治的な事柄を取り扱うことに積極的になれない側面があります。


アシュレイ:政府から支援を受けているけれども、その支援を差し止められる可能性があるような場合、もし支援を受け続ける条件と達成したい目標に整合性がない場合は、他から資金調達する決断をしなければいけません。


――現在、Young Citizensは国からどんな公的サポートを受けているのでしょうか?


アシュレイ:市民教育は公立の学校で行われるものですので、その点で資金的援助を受けています。しかし市民教育に対する優先順位は低く見られがちで、多くの費用が市民教育につぎ込まれることはありません。おそらく最も予算不足なカリキュラムの一つでしょう。


――Young Citizensの2021年の収入は£700,000を超えていますが、そのうち53%が寄付によるものですね。どのように£400,000近くもの寄付を集めたのでしょうか?


アシュレイ:私たちは個人からの寄付や助成団体からの助成金などから収入を得ています。しかし、企業からの献金がとても重要です。企業はコミュニティにお返しをする必要があると考えているからです。企業は若者に投資をすることを求められているのです。


ですから、収入を増やすためのひとつの方法は、企業が私たちへの資金援助を通してコミュニティにお返しができるような方法を探ることだと思います。たとえば多くの法律事務所は私たちが行う権利や責務といった法学教育に対して寄付をしてくれており、収入的に非常に助かっています。


――企業が寄付をする動機はイメージアップですか?


アシュレイ:ほとんどの企業は企業市民としての目標や国連が定めるSDGsの推進を目指しています。SDGsのひとつは「教育」です。そのため、教育への支援をする責任があるとシェアホルダーが考えていることが動機となっている場合があります。私たちに協力してくれるその他の理由としては、地元コミュニティやこの国の一員として、若者や周囲の人々に貢献するべきだという美徳を持っていることがあります。


そうした企業は慈善活動に関するなんらかのポリシーを持っている傾向があります。ですから私たちは寄付に値する団体だと主張するのです。理にかなっているでしょう。



社会に参画すること。それがスタートライン


――イギリスの市民教育について、日本に導入できる要素はあるでしょうか。


アシュレイ:市民権について教えることや投票することは、(法令を含む)物事を変える力を与えるだけではありません。法令に対する敬意を示すことでもあります。よき市民は、その両方を兼ね備えています。


よき市民権とは、社会の中の法令の役割を正しく尊重しつつ、人々が法令を形作ることを許容するものです。


もし日本がそのような状況ではなかったり、日本人がそのことを恐れるようであれば、まずはその課題を解決することから考えなければいけないかもしれません。


――中等学校レベルの子どもたちへの教材を作成する際、特に重要なこととは?


アシュレイ:重要なことは2つあります。1つはインタラクティブ(対話的)であることと、もう1つは時事的なものと絡めることです。


まず、インタラクティブでスキルの形成に役立つものということについて。これは(教材を作成する側の)クリティカル・シンキングが試されます。教材と双方向のコミュニケーションをさせること、その実現が重要です。


もうひとつの時事的なものと絡めることについて。最近模擬裁判のディベートをしましたが、その時のトピックはSNSでした。誰でもSNSについて知っています。法律について語るとき、必ずしも憲法について話さなければいけないわけではありません。生徒たちの生活に実際に発生する影響について話してもいいのです。


――Young Citizensの最終的な目標は?


アシュレイ:社会のあらゆる側面において主体的市民がいる状態がゴールです。投票のみがゴールであってはいけません。法令の課題提起、住宅の供給、政策なども含みます。成功を収めた状態とは、より多くの若者が将来のリーダー、国会議員となるべく法令の下で社会参画している状態です。投票はひとつの手段ですが、他にも彼らの声を届ける方法があることを示し、主体的に社会参画させることが非常に重要だと思います。


――日本の若者に向けてメッセージをお願いします。


アシュレイ:あなたが主体的にコミュニティに参画している事実を、誇りに思うべきです。誰もが異なる政治的観点を持っているなか、コミュニティを形成するのは、とても難しいこと。しかし、コミュニティから身を引くことは最悪の選択です。あなたが声を上げなければ、あなたの立場が反映されることはないのですから。


選挙に立候補しようがしまいが、政治的な人物や活動家になろうがなるまいが、自分で決めればいい。最も重要なことは、社会に参画すること。そこがスタートラインです。そうしてはじめて、未来の法令や社会はあなたの立場を反映したものになるのです。


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