※共同通信配信の有料メディア向けコラムから転載(2024年01月22日配信)
1月13日に台湾で総統選および、日本の国会議員に当たる立法委員選の投開票が実施された。4年に1度の選挙だが、台湾には期日前投票や不在者投票・在外投票の制度がない。にもかかわらず、投票率は7割を超えた。中には「留学先から選挙のために帰国した」という有権者も。アジアの民主主義の教科書とも呼ばれるその実態に迫った。
まるで野外フェス。現地を取材してそう思った。最大野党、国民党の演説集会は、横浜アリーナのような会場で開かれた。
与党の民主進歩党(民進党)の街頭演説会は、主催者発表で10万人を超える支持者らが詰めかけた。
「近所だから来た」「民進党を応援しているから」。政党のグッズが販売されるなど、家族や友人、恋人同士で気軽に訪れやすい雰囲気だ。「昨日の民衆党(野党第2党の台湾民衆党)の集会では、35万人が集まりました」というニュースを見て驚いた。投開票日の前日、若い世代に人気の民衆党の演説会は、大勢の若者であふれかえった。
投開票日、民進党の党本部前には大型のスクリーンが組まれた。クレーンカメラで舞台上を撮影できるようになっており、選挙の開票特番を中継して司会者がコールを叫ぶと、会場のみんなが応え、旗を振って音楽フェスのように盛り上がった。当選確実となった副総統の頼清徳氏が勝利宣言の演説を終えると、紙吹雪が宙を舞った。舞台上はまぶしく、政治家が格好良く映るよう演出されている。
なぜ投票率が高いのか
なぜ選挙に行くのか、街頭でたくさんの若者に聞いた。それは「民主主義が当たり前ではない」との危機感からくるものだと分かった。「香港を見て、台湾がいつそのようになってもおかしくないと思った」「日本とは違い、中国との関係という緊張感が常にあるから」「民主化を進めてきた歴史がある。先人が勝ち取ってきた権利を生かさねばならない」。そのような声が聞こえてきた。政治に関心を持ち続けなければならない環境にあることを感じた。
台湾では、市民運動も盛んだ。原発の新増設に反対し、20万人がデモに参加したり、中国との貿易協定を巡り、学生が中心となって立法院を占拠する「ヒマワリ運動」をしたり、さまざまなデモや署名活動、陳情が行われている。そのような運動が起こると政治も変わる。政治家側にも市民運動の経験者が多いからだ。民主主義は当たり前ではない。行動を起こさなければ社会は変わらない。だから行動する。そう話す人が多かった。
「選挙に行けば、社会は変えられます。民主主義を得るための歴史が台湾にはあって、権利を行使することは自然なことだと思います」。21歳、大学4年のリンさんが答えた。「二十歳になったら選挙に行きたいです。学校の授業で習ったからです。行動しなければ、社会は何も変えられません。ヒマワリ学生運動のドキュメンタリーを見て、そう思うようになりました。一人の力は小さいけれど、皆の力を合わせれば大きくなります」。高校1年で15歳のチナさんはそう語った。
ヒマワリ学生運動のリーダーだった林飛帆さんは「政治は生活に身近なイシューがあると、若者も関心が持てる。それが大切なことだ」という。現在35歳で、民進党の副秘書長を務めている。
一方で、学生や市民による運動を冷ややかに見る10代や20代前半の若者もいるのではないか、との声を聞いた。ヒマワリ学生運動が起きたのは2014年。当時を知る若者世代が少なくなってきたのも一因かもしれない。そのような運動は、都会の余裕がある人たち、特権階級の人たちが行うものだという感覚もあるようだ。
民主主義を支える仕組み
台湾には、若者の声を政治に反映させる仕組みもたくさんある。IT政策を担当する唐鳳(オードリー・タン)氏が進めたデジタル民主主義。インターネットで市民が声を上げ、5千人以上の賛同が得られた提案は、行政が検討しなくてはならない。この制度を基に、当時高1の女子生徒の意見から、プラスチックス製ストローなどが法律で禁止された。
2011年にできた、児童および青少年の権益を保障する法律で、青少年に関する政策を決める際は青少年が参加するよう定められた。そこから、政府の会議にも多くの若者が加わっているという。そのような経験が、社会を変えられると子どもたちに感じさせているようだ。
国連非加盟の台湾だが、国連が採択した「子どもの権利条約」を取り入れる法律を14年に制定。学校で児童・生徒らの声を聞く際は、子どもたちも必ず会議に参加させるルールなのだそうだ。日本も、子どもの声を国や自治体の政策に反映する仕組み作りが、23年施行の「こども基本法」で義務化されたばかりだ。台湾のように変われればいいと思う。
また、市民団体や若者団体の多くが、財源を寄付で賄っていた。コンビニに設置された募金箱は、さまざまな団体へ分配されるようになっていた。このような寄付文化も、若者の民主主義や市民運動を支える大きな役割の一つのようだ。
日本では、若者団体が資金難から就職を機に活動をやめてしまうことがよくある。日本の寄付ランキングは世界で103位と、イギリスの財団が発表したことも。民主主義は一人で作るものではない。選挙に行くだけではなく、社会の構成員の一人だと自覚し、さまざまな市民運動に参加することが大切だろう。
☆たかまつなな 「笑下村塾」代表、時事YouTuber。1993年、神奈川県横浜市生まれ。大学時代に「お嬢様芸人」としてデビュー。2016年に若者と政治をつなげる会社「笑下村塾」を設立、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶSDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。