市民教育は、政治的圧力や社会の悲劇に自信を持って立ち向かうための武器になる
- 笑下村塾
- 2 日前
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日本では2016年から選挙権年齢が18歳に引き下げられたことで、以前より主権者教育に力を入れるようになりました。日本はイギリスの主権者教育をこれまでにたくさん参考にしてきました。
今回は、主権者教育について全国で授業を行ってきた笑下村塾のたかまつななが、欧州評議会の民主主義総局内Human Rights Education(EDC/HRE)の英国代表であり、イギリスで長年シティズンシップ教育に関わってきたDavid Kerr(デイビッド・カー)氏にインタビュー。イギリスの市民教育の現状と、日本の市民教育をアップデートさせるためのヒントを聞きました。
(取材=たかまつなな)
他の教科に比べて主権者教育は軽視されがち

――イギリスでの市民教育の特徴は?
David Kerr(デイビッド・カー)さん(以下、デイビッド):イギリスは、イングランド・北アイルランド・スコットランド・ウェールズという4つの地域から成り、市民教育は、それぞれの地域の伝統や背景に合わせて異なる発展をしてきました。
スコットランド、北アイルランド、ウェールズはそれぞれ独自の市民教育についてのポリシーがあります。イングランドでは、国が定めるカリキュラムの一部として11歳から16歳のすべての子どもたちが必修となっていますが、何をどう教えるかについては教員に委ねられています。時事問題をどう扱うか、生徒たちの生活にどう絡めるか、など。
私はすべての国において、21世紀の若者が直面する問題に適した主権者教育を行うことがとても重要だと思います。
――イギリスにおける主権者教育の課題は?
デイビッド:ひとつは、政府の主権者教育に対する非常に狭い考え方です。不運なことに、2010年に保守政党が政権を得てから、主権者教育の考え方は権利とナショナリズムに寄ったものとなり、それ以前と比べて包括性や網羅性が失われました。そのことは、主権者教育への政府の援助が充分ではないことを意味しています。他の教科やカリキュラムよりも、補助金やリソースが少ないのです。
もう一つの課題は、他教科と比べて、主権者教育を教える教員数を十分に育成できないことです。数学や科学など他の教科の多くは政府からの奨学金がありますが、主権者教育の教員については奨学金はありません。そのため、市民教育の教員になることを諦める人たちがいます。多くの教科があるなかで、主権者教育を優先してもらうことは難しい挑戦です。
――イギリスで市民教育の必修クラスが減っていると聞きました。
デイビッド:2002年に初めて、市民教育が国の定めるカリキュラムに含まれました。現在、11歳から16歳のすべての若者が主権者教育を受けられるようになったのは、とてもポジティブな進展です。
ところが、先ほど話したように保守派政党が2010年に政権を握り、異なる学校モデルを導入しました。自治体ではなく国から基金を受ける“アカデミー”です。アカデミーには、国のカリキュラムに従わなくてもよいという特殊なステータスが与えられています。主権者教育は法令上はカリキュラムの一部であり、すべての学校で教えなければいけませんが、アカデミーはそれに従わなくてもいいのです。
地域によっては以前ほど主権者教育を教えていない理由がこれです。多くのアカデミーが主権者教育を減らすことに決めたのです。削減された地域もあれば、増えた地域もあります。しかし、これはひとつの側面にすぎない部分もあります。他の学校では教科として確立されており、市民教育により力をいれている場合もあるからです。
世界の問題に自信を持って立ち向かえるように、若者を教育することが使命

――イギリスでは、主権者教育の団体が、その重要性のために政治に働きかけるロビー活動をかなりしていますよね。主権者教育に関するロビー活動について、優れた取り組みを教えてください。
デイビッド:Young CitizensやAssociation for Citizenship Teachingといった、主権者教育を支援するプロの団体がとても力を持っています。彼らは主権者教育への資金集めのため、他の団体と共に教育庁やその他の省庁にロビー活動を展開しています。
なぜなら、投票だけでなく、世界的な気候変動など若者が教育を受けるべき大きな問題が社会に蔓延しているためです。学校のカリキュラムで強いポジションを占め資金とリソースを勝ち取るため、より大きなキャンペーンを打っているのです。
そうしたロビー活動のサポートによって、この先5年から10年で教科としての立場が向上することを願っています。
――市民教育のゴールは?
デイビッド:若者に社会とその仕組みについて教育し、どこに権力があるのか、どうやって権力に働きかけるのか、どうやって自分達の声を届けるのかを伝えることだと思います。その教育は学校から始めるべきです。彼らが学校やその周りの地域において発言力を持てるようにするためです。
また、社会参加する機会があることもとても重要です。学校のリーダーや政治家など、物事の決定権を持つ人たちとの関わりを通して若者の声を届ける機会を得るのです。
現代は、強いリーダーや陰謀論、過激主義、テロなどから民主主義を守るために、若者を教育しなければなりません。現代はとても不安定な世界なのです。私たちがするべきことは、自信を持って他の人と協力してこの世界の問題に立ち向かえるように、若者を教育することだと思います。
――主権者教育において不可欠な授業とは?
デイビッド:民主的制度、法、経済などの知識を授業でカバーできると良いでしょう。学んだことを実践することも必要です。地域の政治家や決定権を持つ人々に掛け合って学校に変化を起こすよう取り組むことも有効です。そうした人々に、若者の立場がどう社会に反映されているのか聞いてみてもよいでしょう。
頭を使って認識するだけでなく、少しやってみることが効果的です。知ることと実践することのミックスが必要なのです。すべての生徒が、この教育を受けられる状況であるべきです。
――若者に成功体験を経験させるために注力していることは?
デイビッド:学校の役割が肝心です。若者は学校で過ごす時間が長いため、学校というコミュニティにおいて自分たちの声に力があることを実感し、学校に変化を起こすという成功体験を積み、他の生徒と協力して変化を起こす過程を理解する機会を得る必要があるのです。
そして彼らはそうした成功、小さなステップから地域コミュニティや社会の中で大きなステップへと発展させることができるでしょう。
しかしそれは本当の意味での変化でなければいけません。私が思うに、若者たちの周りはたちの悪い「相談」で溢れています。大人たちは彼らに意見を求めますが、それが実行に移されることはありません。若者たちはそんな「相談」に対して冷やかで苛立ち始めています。
気候変動が代表的な例です。グレタ・トゥーンベリ氏らが世代を代表して意見を述べていますが、政治家は真剣に向き合っていません。若者と対話しているようで実際には聞いてなどいないのです。
市民教育では教員が繊細な社会問題も扱っていけるスキルが必要

――市民教育の教員にとって必須のスキルは?
デイビッド:最も重要なことは、若者たちがディスカッションやディベートをする手助けができることです。情報を詰め込むことではありません。
アクティブラーニングを促す必要があります。彼らとディスカッションをしたり、時事問題を取り上げたり、社会見学をしたり、学習したことを実践する機会を与えたり。市民として学んだことを先生として再現し、教室の外でも学ぶ場を作り、教室外では市民教育以外のこともする必要があります。
彼ら自信がよきロールモデルでなくてはならないため、主権者教育はスキルが要求されます。ですから適切なトレーニングが必要なのです。教員は教えながらも学び続けなければいけません。
――教員が政治的中立性を担保するためのトレーニングはありますか? 日本の教員は、中立性を確保していないとみなされると罰則を課せられるのです。
デイビッド:イギリスの教育庁は数ヵ月前に学校での政治的中立性について指針を発表しました。教員は広くバランスの取れた考え方を取り上げ、物事を取り扱う際は中立でなければならないというものです。
一方で、トピックによっては、たくさんの考え方があるわけではなく、正しいか間違っているかだけ、ということもあります。たとえばウクライナの戦争について教える場合、中立でいることはとても難しい。ロシアが侵攻者で、ウクライナが抵抗している構図は明らかだからです。
重要なことは教員が繊細な問題を放置するのではなく自信をもって扱えるようトレーニングすることであり、政府や学校の検査官が実際の現場を確認することです。
若者たちが引き起こした悲劇が市民教育への需要を生んだ

――なぜイギリスではリベラルと保守の両党が市民教育を国定カリキュラムにすることに賛成したのでしょうか?
デイビッド:当時、イギリス社会では多くの問題が起こっていました。政治家はそれらを解決するために市民教育が必要だと考えるようになったのです。
大きな出来事に、「民主主義の赤字」と呼ばれるものがあります。日本と同様、多くの若者が政治への興味を失い、選挙に行かなくなってしまいました。
また、悲劇的な事件がいくつも起きたことなどから、学校や社会での若者の振る舞いに対する心配が膨らんでいました。男の子が二人の小学生に殺されたのです。ショッピングセンターから連れ出され、電車の線路で殺されました。10代の黒人がバス停で何人かの若い白人に刺殺されるという悲惨な殺人も起きました。
そうして、保守党からは権利や振る舞いについての教育のサポートを、労働党からは民主主義の赤字や政治制度の理解についての教育のサポートを受けられることになりました。こうして、すべての政党が市民教育への支援に合意したのです。
あなた方は、日本でそれぞれの政党が市民教育について思うことや各党の抱える問題について知る必要があるかもしれません。
市民教育がなければ、SNSで陰謀論を撒き散らす輩が現れる
――どうすれば日本の市民社会全体に市民教育の重要性が認知されると思いますか?
デイビッド:政治家と共に日本の市民社会が市民教育の重大な役割を理解することと、伝統をつなぐことと現代社会が直面する課題に向き合うことです。私たちが直面している最大の課題は変化のスピードだと思います。
若者は現在起こっていることに対して、権力や政治家、企業に“やらされている”と思っています。自身にコントロールする力がないと感じているのです。
ですから、若者がもっと自信を持ち、スキルや競争力を身に付けられるよう教育するべきだと思います。社会で直面する難しい問題に向き合える市民としての競争力です。市民社会や政治社会をより良く、コミュニティーをより安定させることができる力です。
世界中でトランプやプーチンのような人が急に多くの支持を集めることがあります。人々は変化の遅さに嫌気がさしているからです。しかし人々はそれが(必要な)変化をもたらさないと気付くべきであり、そんな中でも自信をもって生きていく術を見つける必要があるのです。
市民教育がなければ、SNSで陰謀論を撒き散らす輩が現れ、若者のマインドを毒するでしょう。
いまの若者たちならではの価値観や資質はこれからの社会の希望

――日本で市民教育を行っている教員にメッセージをお願いします。
デイビッド:市民教育を普及する努力を継続し、相互協力を続けてください。一番重要な学びは、他の市民教育の教員から得るものだと思うからです。
外国の団体とのコラボレーションも推奨します。(国を超えて)共通する問題があると思いますし、グローバルに学び合う方がよいと思います。
――日本の若者にメッセージをお願いします。
デイビッド:私が言えることは「グッドラック」ということです。彼らは多くの問題に直面するでしょう。しかし、イギリスの若者と共に働いてきた経験から言えることは、彼らは非常にスキルに恵まれ献身的で、過去の若者が持っていなかった価値観や資質をもっています。
彼らは優れたテクノロジーや変化への理解や順応性を持っています。彼らのソーシャルメディアの活用方法や問題への考え方は、私たちの社会がとてもよい方向へ進んでいるという希望を抱かせます。
そして気候変動についての活動のように、若者があらゆる問題について立ち上がることを信じています。私たちもそうした問題に取り組むため、新しい世代を教育し続けます。
あなた方の努力が実ることを祈っています。あなたたちが望む、そして私たちも望む社会を構築し続けることに期待しています。
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