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公文書改ざんで夫を亡くした赤木雅子さんが語る、夫への愛とこの国の理不尽さ

森友学園への国有地売却をめぐる公文書の改ざんを上司にさせられ、それを苦に自ら命を絶った財務省近畿財務局の職員、赤木俊夫(あかぎ・としお)さん。その妻、雅子(まさこ)さんが最近、元NHK記者の相澤冬樹さんと共著で『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)という本を出版しました。真相解明をめざして国と佐川宣寿元国税庁長官を提訴している雅子さんはいま、どんな思いで裁判を闘っているのか。笑下村塾たかまつななが、その胸の内を聞きました。

■22年間連れ添った最愛の夫




ー赤木さんは最近、『私は真実が知りたい 夫が遺書で告発「森友」改ざんはなぜ?』(文藝春秋)という本を出版されました。なぜこの本を出そうと思ったんですか? 赤木:森友問題は分からないことが多いんですけど、自分の知っていることは全て本に書いたので、1人でも多くの人に知っていただけたらと思って。この本が出版されることで、財務局や財務省の人が真実を話してくれるきっかけになってほしいです。 ー雅子さんにとって、夫の俊夫さんはどんな方でしたか? 赤木:かけがえのない人で、大好きな人でした。22年間一緒だったんですけど、けんかもしたことがなかったし、本当に仲が良かったと思います。 ーどういうところがお好きだったんですか? 赤木:全部好きでした。私のことを一番に考えてくれて、本当に大事にしてくれました。人柄も優しいし穏やかだし、分からないことは何でも教えてくれるし、そういうところが尊敬できて好きなところですね。 ー めちゃくちゃ素敵ですね。本にも「趣味は赤木俊夫」と書かれていましたね。 赤木:夫はすごく趣味が多かったので、私が趣味を持つよりも夫が趣味を楽しんでいる姿を見るのが私の趣味みたいな感じでした。家にいても常に一緒にいたので、いま隣にいないのが不思議なくらいです。 ー出会って2回目でご結婚されたんですよね? 赤木:出会ったのは阪神・淡路大震災の前の年で、私は岡山県で彼は和歌山県でちょっと離れていたので、とにかく早く結婚しようって、すぐに結婚を決めました。「一緒に関西においで」って言ってくれたのかな。照れますね。


■自分の雇用主は「日本国民」


ー俊夫さんは、仕事に対してはどんなふうに向き合う方だったんですか? 赤木:とにかく仕事には真面目に取り組んでいて、一生懸命やっていました。あまり家で仕事の話はしない人ですけど。 ー「自分の雇用主は日本国民だ」と言っていたそうですね。すごいと思いました。 赤木:それは近所の方に伝えていた言葉で、亡くなった後に聞きました。そういうことを言う人だったなと感じました。当たり前のことを言っただけですごいと言われるのは、きっと当たり前ではない人が多いからだと思います。公務員や国会議員の方がみんなそう思っていたら、今回の改ざんのようなことには繋がらなかったと思うので。


■ある日を境に様子が激変




ー確かにそれが当たり前であるべきなんですよね。俊夫さんの様子の変化に気づいたのはいつごろですか?

赤木:2017年2月26日の休日に、私の母と私と夫と3人で公園に梅を見に行ったときに、夫が当時すごく尊敬していて信頼していた上司の方から電話があって、「いま僕の仕事がいっぱいいっぱいで手に負えないから手伝ってくれないか」と言われたんです。それで休日出勤をしたんですが、一番最初に改ざんしたのがその日だったみたいです。いつも笑顔で明るい人だったんですけど、その日から確実に様子が変わって徐々に調子が悪くなっていきました。でも当時、平日はほとんど朝帰りか終電で帰るような日が続いていてずっと寝不足だったので、その日から笑顔が少なくなったけど、寝不足のせいかなぐらいにしか思っていなかったです。 ー俊夫さんが改ざんをしていたということを知ったのはいつごろだったんですか? 赤木:夫が亡くなる5日前の3月2日です。朝日新聞のニュースを見て知りました。夫からは「内閣が吹っ飛ぶようなことをしてしまった」ということは聞いていたんですけど、ニュースを見てこのことだなと気づきました。 夫が休職してから半年以上経っていて、そのころにはもう新聞も取っていなかったしテレビもあまり見ていなかったので、私が仕事に出かけるときに、改ざんのことが話題になっているのが夫の耳に入らないように「今日はニュースを見ないようにしてね」と声をかけて行ったんですけど、帰宅したら夫がぐったりとしていたんです。そのとき初めて二人で会話をして、「やってしまったのは、このことだったんだ」みたいな話をしましたね。 ー 俊夫さんとしては雅子さんには知られたくなかったんですよね? 赤木:本人は犯罪行為をしてしまったとも言っていたので、私にニュースになるまで言わなかったということは、言いたくなかったか、知られたくなかったのかもしれないですね。 ー 書き換えのことを知ってどう思いましたか? 赤木:夫が公文書の書き換えは犯罪だと言っていたんですけど、こんなに悪いことだとはすぐにピンとこなかったです。でもやったらダメなことなんだろうなと思いました。 夫は当時、うつの症状がひどくて「死にたい」とか「体中が痛い」と言ったり、食事もあまりとれなかったりして人が変わってしまっていたので、私は「誰か助けて」といつも思っていました。でも、助けられなかったです。かわいそうなことをしちゃったんですよね。 もしも近畿財務局の局長が責任はすべて自分にあるということを言ってくれたら死ななくて済んだんじゃないかとか、いまお世話になっている弁護士さんに相談できていたら違っていたのかなとか、今となっては思いますけどまだ答えがわからない状態です。


ー 本を読んで印象的だったのが、俊夫さんが「部下にやらせなくてよかった」と言っていたところです。 赤木:はっきり覚えていないんですけど、部下に若い方が2人いて、その方たちにはやらせずに済んだと言っていました。そこはよかったんだって。おそらく夫が全部引き受けたのかもしれないですね。そのあたりも知りたいです。その部下の1人の方とはお会いしたんですけど、何一つしゃべってくださらなかったので。どういうふうに改ざんが行われたのか、その原因と経緯を全部知りたい。明らかになってほしいです。

■「ありがとう」が最期の言葉

ー 話しにくいことだと思うんですけど、俊夫さんが自ら命を絶たれていたのを見たとき、どんなお気持ちでしたか?


赤木:あの日の朝、私が仕事に行くために玄関を出るとき、夫はいつもは布団の中にいるか、まだ3月で寒かったのでコタツにもぐっているかしていたんですけど、その日に限って玄関まで見送りに来てくれて「いってらっしゃい」じゃなくて「ありがとう」って私に言ったんです。

 そのころはもう何度も自殺未遂を繰り返していたので、職場で連絡が取れなくなったときに「もしかしてやっちゃったかな」と思って急いで帰って、現場の様子を見たときは「とうとうやったな」という気持ちでしたね。夫の体が動かなくて、抱き上げてもぐったりしていて。高いところからではなくて、低いところから首を吊ってたので、夫のベルトのところを持って一生懸命抱き上げて。そうしたら喉に空気が入ってゴボゴボって音を立てたので一瞬助かったと思ったんですけど、口からよだれが出てきて人形みたいになって。もう死体になってるなって。もうたぶん助からないだろうなって思って。本当にかわいそうでした。


■夫は“財務局に殺された”



ー雅子さんはその後、どうされたんですか? 赤木:私、慌てて救急車じゃなくて警察に電話してしまって。「殺された」って意識がすごくあったので。「財務局に殺された」っていう思いがすごくあって、つい110番しちゃったんですよね。それで119番しなさいって言われて、119番したら「人工マッサージしなさい」って言われて、馬乗りになって人工マッサージをしていたら救急車が来ました。意外と冷静だったと思います。

でも一方で「これで楽になれたね」とも思ったんですよ。「もうこれで苦しまなくていいよ」って声をかけたのは覚えています。その当時、わけの分からないものを相手に、2人とも誰に助けを求めていいかも分からないまま本当に苦しくて苦しくて仕方なかったから。私自身も生きていることがすごくつらくて、何度も死にたいと思っていました。 ー 改ざんをしなければ、こういうことにはなっていなかったですもんね。 赤木:誰が改ざんしようと発案したのか。そこから始まっていると思うんですよ。夫の手記には、佐川さん(佐川宣寿元国税庁長官)と書いてあるけど、佐川さんは「今はもう自分は答える立場ではない」と言って逃げていますけど、人が1人亡くなっているんだから、自分が指示したのであればそのことを話してほしいし、どこからどのように指示が下ってきたのか、そもそもなぜ改ざんをしなければならなかったのかを教えてほしい。全部が明らかになれば今後こういうことが起きないだろうし、私たちのように苦しむ人が少なくなると思うので、ぜひそういうことを明らかにしてほしいと思います。


■夫の手記を元NHK記者に託す決心


ー 俊夫さん残した手記を私も拝読しましたけど、どういう指示をされて、誰が罪に問われるべきかが、かなり詳細に書かれていました。あれは、俊夫さんが当時、体調も悪く、告発できる立場ではなかったから雅子さんに託したのだと感じましたが、雅子さんが手記を公開するまでにはけっこう時間がかかりましたよね。それはなぜだったんですか? 赤木:亡くなって次の日に財務局の人が何人か来て「手記はあるのか?あるとしてもマスコミには出さないほうがいい」と言ったんです。何かを隠そうとしているようで怖かった。それで財務局の言うことを聞いたわけではないんですけど、その後かなりの数のマスコミの人たちに追いかけられて、実家に帰っていたときにも何十人もの人に家を包囲されたのでマスコミ自体に拒否反応がありました。夫の手記があることが噂になってたので、私の同級生をしらみつぶしに取材しているのが耳に入ったのも嫌でしたし、私の実家の家族や親戚にも迷惑がかかると思ったので、手記を出すことができませんでした。


ーその後、雅子さんは今回の本の共著者でもある元NHK記者で大阪日日新聞編集局長の相澤冬樹さんに手記を渡されました。それはなぜですか? 
赤木:手記の内容を見ると、夫が私に残したものではなくて国民の皆さんに残したものなんじゃないかと思ったんです。だからこれは絶対に公にしないといけないという思いがありました。でもその頃、私自身に生きるパワーがなくて、もしも自分が交通事故にあったり、ふとしたことで死を選んだりしてしまったら、公にできなくなってしまうと思って悩んでいました。そんなとき、相澤さんがYouTubeで森友学園の問題について講演しているのをたまたま見たんです。相澤さんがNHKを辞めて、真実を明らかにするために大阪で活動されているというのは新聞で読んで知っていました。動画の最後の質疑応答みたいなところで、夫のことを質問した方がいて、相澤さんは「これから取材する予定です」みたいなことを言っていて、じゃあこの人に託そうと思って。それでメールで連絡を取りました。 ー それまでもマスコミの人から取材のお願いがたくさん来ていたと思うんですが、どうして相澤さんに連絡を取ろうと思ったんですか? 赤木:たしかに、記者の人からたくさん手紙は頂戴しました。モテ期が来たって感じで、ラブレターがいっぱい来たんですけど、返事は一切していないです。読んだものもあるし、読まずに代理人の方に渡して処分してもらったりしていましたが、自分で会いたいと言ってコンタクトを取ったのは相澤さんが初めてです。相澤さんは、森友のことについて詳しいということが分りましたし、森友のことでNHKを辞めているというのも信頼できると思いました。


■募っていった不信感


ー 雅子さんは、手記を公開したあと国と佐川さんを相手に裁判を起こしました。気持ちが変わったということだと思うんですけど、財務省や近畿財務局のことを信頼できなくなったということですよね。どういうところで特に嫌だと思いましたか? 赤木:たくさんあるんですけど、まず、夫が信頼していた上司の人が、お葬式に来ても記帳をしてくれなかったことがありました。来たことを隠したかったみたいで。あとで本人に聞いたら大きい声で「記帳してますよ」って怒鳴られました。 あと、麻生さん(麻生太郎副総理)が国会で墓参りに行くべきだと野党に言われて、私のもとに「お墓参りに行こうと思うんだけど」という打診が来たので、私と財務局の間に入っていた夫の同期の方に「絶対に来てください」とお願いしたんです。すると次の日に返事が来て「マスコミの人が殺到して、あなたが大変なことになるから断っておきました」と‥。自分の気持ちをねじ曲げられたことがすごくショックでした。当時はとにかく夫に謝ってほしいという気持ちが大きかったです。 あとひどかったのが、私に対して「うちで働きませんか」と言ってきたことです。亡くなった次の日、夫の検死も終わらないうちに財務局の方が来てそう言われて。もう本当にびっくりして馬鹿にするなよって思いました。大企業もよくやるらしいんですけど、自分のところに囲い込めば余計なことは言わないだろうという狙いがあったんじゃないかと思います。 ー それはひどい。雅子さんは何て返事したんですか? 赤木:私は「財務局に佐川さんはいないですけど、佐川さんの秘書にしてくれるんだったらいいですよ、お茶に毒盛りますから」って言い返してやったんですけど。それに対して向こうはだんまりでしたけどね。 ー めちゃくちゃ冷静ですね。ユーモアもあってすごい。それと、最初についた弁護士も大変だったみたいですね。 赤木:最初の弁護士さんは、マスコミが押し寄せたときに上手に来ないように力を振り絞ってくれて、そこは本当に感謝しています。ただ、もともと財務局で働いていた人で、財務局の人から紹介された方なので、たぶん財務局を守りたい気持ちがあったのかもしれません。訴訟の話をする中で、財務局の中の人のことを訴状に入れてほしいとお願いしたら、それはは関係ないでしょうって怒られて。けっこう威圧的な方でした。 ー 手記だけじゃなくて、俊夫さんの職場のパソコンには、公文書の書き換えのデータとかが残っていたんですよね? 赤木:職場のパソコンなのか手書きなのか分からないですけど、詳細を残していると言うのは本人から直接聞いています。直属の上司の方が家に来たときにも、それがあるということをちゃん証言してくれているので、間違いなくあります。でも、それをオープンにして調査をしてくれない。ひどいと思います。


■安倍さんはこのまま逃げるのか




ー 今までTBSの「報道特集」や「NEWS23」、NHKの「クローズアップ現代+」などでインタビューを受けていらっしゃいましたが、メディアに対して思うところがあれば教えてください。 赤木:NHKの方は2人で取材に来てくれました。当時カメラも怖かったので、家庭用の小さいカメラで来てくださって。いろいろな資料や夫の残したものを読み込んで、私よりも詳しく調べてくださっていたのがすごく嬉しかった。NHKで放送してもらえたのはよかったです。 ー 逆にマスコミの報道のされ方で嫌だったことはありますか? 赤木:夫の自殺はただのパワハラだけじゃなくて、政権が絡んでくるので、質問でいきなり安倍政権についてどう思いますかと聞かれることがあって、マスコミに利用されているような気がして何度かその場でやめてくださいと言ったことはあります。 ー政治家に対してはどう思いますか? 赤木:政治家だからとかじゃなくて、人間として対応してほしいと思います。再調査をしろと言えば物事が動く立場の方がそう言ってくれないということは、その方がいちばん再調査されたくないと思っているのかなと感じます。もしその方の言動でこういうことになったのであれば、手を合わせて謝ってほしい。それだけが望みなので。 ー 安倍首相が関わっていたかどうかは未だに分からないですけど、このまま総理大臣を辞めるとなると…。 赤木:言葉は悪いですけど、安倍さんは病気で逃げられるけど、夫はうつ病になっても逃げられなかったんですね。だから病気で逃げられる立場の人と逃げられない立場の人がいるということを上に立つ人は自覚してほしい。安倍さんが国会議員を続けるのであれば、今後も本当のことを言うチャンスや再調査を促す機会はいくらでもあるはずなので、逃げないでほしいと思います。 ー安倍首相の奥さんの昭恵さんともLINEされたんですよね? 赤木:「お線香をあげに行きたい」とLINEで書いてくださっています。ご自身は悪いことをした意識はおそらくないでしょうし、本当にそうなんだろうと思うので、手を合わせに来ていただいて、ご主人に再調査を進めることをひと言お願いしてくださったらいいなと思います。 ー 私も昭恵さんと一回だけお食事したことがあるんですけど、確かに悪気はない人ですよね。 赤木:悪気がなくても、その立場でやってしまったことがどれだけ大きく影響するかということですよね。あの方はいろいろと発信力のある方なので、総理夫人ではなくなったら、ぜひご自身の考えや思いを発信してほしいと思います。ぜひお会いしたいです。


■「男性中心の社会を変えて」女性への期待

ー 雅子さんは、著書を女性に読んでほしいということもおっしゃっていますが、女性に何か可能性を感じていらっしゃるんですか? 赤木:うちに近畿財務局の人たちが来たときに、局長が私に向かってお悔やみを言うと、お付きの人たちが全員、私のほうではなく局長のほうをむいて、そうですそうですみたいに首を縦に振るんですよ。それが笑ってしまうくらい滑稽で。その人たちが帰った後、いつも嫌な組織だなって思うのと、男にだけは生まれたくないって思うんですよね(笑)。 男の人に囲まれてすごく窮屈で息苦しくて、日本軍の組織みたいに見えて。メディアの方も弁護士もほとんどが男の人ですよね。女性がいても、男性のような女性が多くて…。これからは若い人たちが世の中を変えていってほしい。特に公務員は女性がもっと働きやすくなれば、夫みたいな悲劇は起きなかったんじゃないかなと正直思います。


■原動力は夫が遺した手記




ー今後、雅子さんは国を相手に裁判を闘うわけですけど、 その原動力って何ですか? 赤木:やっぱり夫が残してくれた手記です。今の弁護士の先生たちに出会って、自分の言いたいことを主張していいという環境をもらえて手記の公表と提訴をしていただけたので、この裁判が終わるまでは絶対に生き抜きたいと思えました。本当のことを知りたいということ。それがいま私の生きる一番の助けになっています。 ー 国だけでなく佐川さんも含めて訴えることにしたのはなぜですか? 赤木:夫の手記の中に佐川さんの名前が何度も出てくるし、指示したのはすべて佐川さんですということが書いてあったからです。私が夫の気持ちを汲んであげなきゃと思いました。佐川さんには手紙を2回送っているんですけど何の返事もなくて、こちらから催促したら「届きました」という答えだけが返ってきたんです。だからあの手紙に対して何かアクションしてくれたらこんな裁判なんかしていないと思います。夫が生き返ることはないけれど、夫のためになることだったら何でもやろうと思います。


■弁護士など誰かに助けを求めることが大事

ー この記事を読んでいる人の中にも、もしかしたら俊夫さんのように組織の不条理と闘っている人がいるかもしれないし、雅子さんのように苦しむパートナーを支えようと頑張っている人がいるかもしれないですよね。雅子さんと同様に「誰かを支える側」で同じ境遇の人がいるとしたら、どんなアドバイスやメッセージを届けたいですか? 赤木:私の夫はうつ病になったんですね。うつ病になると真っ当な考えが浮かばなくなるんです。病院にも行ったんですけど、改ざんしたことを病院の先生にも打ち明けていませんでした。公務員や大企業に勤めていると、真面目な人ほど自分の会社であったことは他人に言えないんだと思います。 そういうときは、弁護士さんに相談するのが大きな一歩になると思います。私たちはそれができなかったんですけど、誰かに助けを求めるのが大事かなと。苦しいときに、その状況から逃げることができるといいなと思います。難しいですけどね。


■苦しむ夫を助けられなかった自責の念




ー 具体的で役に立つアドバイスありがとうございます。弁護士に相談するというのは大事ですね。今日は俊夫さんの遺影も持ってきてくださっています。2枚ありますが、いつごろ撮った写真ですか? 赤木:1枚は改ざんの3ヶ月ぐらい前に上野で撮った写真です。すごくいい笑顔なんです。もう1枚は、改ざんした後の写真です。淡路島でドライブをしたんですけど、すごく暗い顔で悩んでいるように見えます。だから、この2枚の写真をいつも脇に置いて見ながら生活しています。 ー どうして暗い顔の写真を? 赤木:笑顔で楽しかった日々のことだけじゃなくて、改ざんした後の苦しかったころのことも忘れたくないので。いつも笑顔で朗らかな人だったので、思い出すのは元気なころの記憶なんですけど、苦しいときに私が彼を助けてあげられなかったという戒めも込めて、つらいときの写真もあえて置いています。毎日この写真を見て、裁判に向けて頑張ろうと思っています。 ー俊夫さんが今の雅子さんを見たらどう思うと思いますか? 赤木:びっくりすると思うんです。社会に対してこんなふうに発言するような人間ではなかったし、裁判をするなんて想像もできないことなので喜んでくれていると思います。夫には22年間、本当に大事にしてもらったので幸せでした。また同じ人生の繰り返しでもいいので、夫とまた会って結婚したいし、もし今ここにいたら「とにかくよく頑張ったね」って背中をさすってあげたい。結婚してよかった、出会えてよかったって、今でも毎日感謝しています。


■社会の声で再調査を後押ししてほしい




ー最後に、この記事を読んでいる人に伝えたいことはありますか? 赤木:この前、安倍首相が辞任することを決めて記者会見をしたときに、森友学園の問題について質問されて「世論が決めることだ」とおっしゃったんです。だから、署名もたくさんいただいていますけど、皆さんの声があれば再調査に向けて動いていただけると信じています。夫のことを知ってほしいし、こういうことがあったことを知ってほしいので、この記事を読んでくださっている方に、特に若い方にぜひ興味を持ってほしいと思います。


ーお話ししづらいこともあったと思いますが、率直なお気持ちを聞かせていただき、本当にありがとうございました。


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