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執筆者の写真笑下村塾

「テクノロジーで社会を変えたい」義足を得た乙武洋匡が今伝えたいこと





2019年5月以来、2回目の登場となる乙武洋匡さん。今回聞いたのは、2016年の”あの不倫騒動”後に行った海外で見えたものさしの話、乙武さんが今何を変えようとしているのか、「乙武義足プロジェクト」の裏にある想いなど。たかまつななが、インタビューしました。



”あの騒動後”1年間、引きこもりに




――4年前の不倫騒動後、何をされていたんでしょうか? 海外にも行ってらっしゃったんですよね。


最初の1年は、ずっと自宅にいましたね。特にやることもなく、廃人のようでした。でも2年目になろうというときに、このままでは人生を無駄に浪費してしまうなと思って。丸1年かけて、37カ国に行きました。


――その間、お仕事の依頼はなかったんですか?


いくつか来ていましたけど、騒動について根掘り葉掘り聞かれてしまうんでね。それによって、また周囲にも迷惑をかけてしまうんで。9カ月ほど経って「ワイドナショー」に出させていただきました。


――松本人志さんがご自宅に来たときですか? 見ていました。


あれから少しずつテレビに出るようになりましたけど、それでもプライベートで外に出ることはほとんどなかった。ずっと家にいましたね。


――病んじゃいそうですよね。


テレビをつけてもネットを開いても、僕の悪口ばかりなので、本当にやることがないんですよね。まあ、自業自得なので仕方ないですけど。でも、ちゃんと外の空気を吸える生活をしたいという想いと、もともと海外に住んでみたいという想いがあったので、1年間、日本を出てみることにしました。それまでは仕事の関係で、なかなか長期滞在することはできなかったので、ここしかないと思って。




海外生活で見えた、世界のものさし




――ご著書(『ただいま、日本』)で海外のいろんなものさしが見えたと書かれていましたが、具体的にはどのような?


僕が日本でやりたかったことは「どんな境遇の人でもスタートラインをそろえ、なるべく同じだけのチャンスや選択肢が与えられる社会」を実現することだったのですが、ヨーロッパではその具現化された形を見ることができました。


――日本と何が違うんでしょうか。


障害のある人が働くための土壌が整っているんですよね。

例えば、朝の通勤ラッシュ時でも車椅子やベビーカーの人が電車に乗りやすい。ロンドンではその時間帯に駅の構内で入場規制をしていて、人と人の肌が触れ合わない程度の混み具合に調整している。すべての人が移動にかかる負担を平等にしているんです。つまり、誰でも労働市場に参加しやすくなるということです。

ロンドンの設備面などの物理面のバリアフリーは思ったより進んでいませんでしたが、こういう仕組みや周囲の人々が手助けしてくれる文化という点では東京よりも優れていました。


ーー乙武さんはロンドンで人に助けられたりしましたか?


僕だけでなく、他の車椅子ユーザーやベビーカーを押した方がエレベーターが設置されていない駅に来ても、1分も経たないうちに誰かが抱えてくれるんですね。日本だと、つい見て見ぬ振りをしてしまう方も多いと思うんですが。


ーーなぜ、そういう文化になっているんでしょうか?


何がフェアかという概念が徹底されているからでしょうね。たまたま自分たちが与えられた肉体的な資質は恵まれていて、それによって便利さを享受できている。けれど、障害者や高齢者など、肉体的にしんどい状況にあり、不便を強いられている人もいる。ならば、自分たちが少し不便な状況になって、彼らが少しでも便利な状況を享受できるようにする。それで初めてフェアになると。


ーー日本だと、制度が悪いという話になりそうです。エレベーターをもっと設置すべきとか。


それならまだいいほうですよ。ネットでは、「我慢しろよ」などと言われてしまうのが現実ですから。




テクノロジーで社会を変えられる可能性




ーー以前「文化と制度、両方変わらないと社会は変わらない」とおっしゃっていて、乙武さんが国会議員になろうと思われたのは、それらを実際に変えようとされたからですよね。今はどちらを変えたいと考えているのでしょうか。


どちらも重要ですが、いま注目しているのはテクノロジーという3本目の柱なんです。

人々の意識を変えるためにメディアなどで発信をし、その次は制度を変えていこうと政治の道を志しましたが、例の騒動によってそのどちらもが厳しい状況になってしまった。でも「どんな境遇の人でもスタートラインをそろえ、なるべく同じだけのチャンスや選択肢が与えられる社会」を実現したいという思いは変わっていないんです。そんな中で。いま僕が注目しているのがテクノロジー。

吉藤オリィさんという方が開発された人型の分身ロボット「OriHime」が接客をするカフェが、昨年、一昨年と試験的にオープンしました。なんと、そのロボットを遠隔操作しているのは自宅で寝たきりの障害者や病気の方なんですよ。


ーーどういうことですか?


パソコンを使ってロボットを動かしたり、声を届けられるんです。声すら出ない、指先すら動かせないという重度の方も、目線でカーソルを動かしたりできる。以前、僕が接客をしていただいたのは、病気で10年間一歩も家から出ていないという方。仕事をするのも10年ぶり。2週間のシフトで数万円のお給料がもらえるので、家族にお寿司をごちそうしたい、とおっしゃっていました。


一昨年には中央省庁の障害者雇用の水増し問題がありましたよね。中央省庁でさえ水増しでもしなければ達成できていなかったことを、テクノロジーを使うことで環境を整えられる。


テクノロジーは、これまで人々が超えられてこなかった壁を軽やかに超えていく大きな可能性を秘めています。実は僕自身も、そのテクノロジーを使って何かお役に立てればと、力を入れてることがあります。それが義足プロジェクトです。




義足プロジェクトの”広告塔”に




ーー車椅子の乙武さんに見慣れているからでしょうか、義足姿を見てびっくりしました。


人間の膝はものすごく優秀なんです。適度なところまで曲がって、勝手に自分でロックを掛けて、また歩き出そうとする時に、曲げた膝が伸びる。

人間が無意識にやってることを機械で代替することは、これまでの技術では難しかったんですが、ソニーコンピュータサイエンス研究所の遠藤謙さんという研究者によって、人間の膝に近い動きをできるモーターが開発されたんです。でも正直、地味な分野じゃないですか。なかなか取り上げてもらえないんですよ。そこで遠藤さんが、これを乙武さんにチャレンジしてもらったら、世間も注目してくれるし、技術が広がっていくんじゃないかと白羽の矢を立ててくださって。本格的な練習から1年半が経ったところですが、もう大変。


ーーめちゃくちゃトレーニングしているとおっしゃっていましたよね。


毎日ハードなトレーニングをしてます。「俺、アスリートになった覚えないよ」ってくらい。


ーーご著書『四肢奮迅』の中で、「(自分は)広告塔だ」と言い聞かせたとありましたね。


一般的には”広告塔”ってあまりいい意味では使われないですけど、今回のプロジェクトに関しては広告塔になりきろうと。義足のことを多くの人に届け、歩くことを諦めている方に可能性を伝える役割に徹しようと思って。悪名は無名に勝ると言いますから、この私でもお役に立てることがあるんじゃないかなと。




悪者、タレント、障害者。メディアのイメージとの戦い




ーー悪になっちゃったんですね。


すっかりね。


ーー以前、ずっと聖人君子のような乙武さんしかテレビでは取り上げてもらえないとおっしゃっていましたが、義足プロジェクトでは、またきれいな部分だけしか取り上げられない可能性は考えなかったのでしょうか。


周囲からどう見られたいかというイメージを考えることよりも、自分の取り組みが社会の役に立つのか立たないのか、それを純粋に考えていこうと思ったんです。


ーーお嬢様芸人としてデビューした私は、お嬢様のエピソードしか振られないことがすごく嫌だったんですね。それで、自分で好きなことをやろうと会社を作ったんです。メディアによる世間に対してのイメージ付けは普通のタレントでもあるのに、乙武さんの場合、そこに障害者の代表性みたいな要素を付け加えられると思うんです。


『五体不満足』(1998年出版)から数年は、すごくもがきました。冗談やシモネタなどのふざけた部分はテレビ番組や新聞・雑誌の記事ではカットされる。それが何年も続くことで、諦めるわけですよ。もういいよ、みなさんが求めている”いい子の乙武”をやりますよ、と。

だからTwitterはすごく重宝しました。当時は著名人本人が自己責任で動かせるメディアってTwitterぐらいだったんです。自分の伝えたいストレートなメッセージも、悪ふざけやシモネタも書いていいし。


ーー私が中学生の時、読売新聞の子ども記者として乙武さんに「障害者にとって日本は住みやすい国ですか?」と質問をしたら、”障害者にとって”という言葉に違和感を覚えていらっしゃって。乙武さんが障害者の方全体代表しているようなイメージを持たれていることに対しての違和感なのかなと思ったんです。


そこは取材を受ける時にはいつも気にかけています。テレビに日常的に出ている障害がある人は私以外にあまりいないので、どうしても”障害者=乙武さん”と見られてしまいがち。しかし障害と言っても、身体障害、知的障害、精神障害、聴覚障害、視覚障害……いろいろあります。同じ身体障害であっても、私のように手足がない人間もいれば、あっても動かないという人もいるし、同じく手足がない人でも、私のように先天性の場合もあるし、後天性の場合もあり、全然違う。

代表なんか絶対できないですよね。だからなるべく誤解を与えないように、「私はこう思っていますが、それが障害者全体の意見ではないです」と、必ず言うようにしています。



テクノロジーを社会に実装する後押しをしたい




ーー今後やってみたいことはありますか?


テクノロジーを社会に実装する後押しをしたいと思っています。

ロンドンで全盲の上院議員の方に「今、一番力を入れてることはなんですか」と聞いたら、やはりテクノロジーを用いたバリアフリーとおっしゃっていたんですね。「日本はテクノロジー立国だから、見習わなければいけないと思ってます」と言われて、僕は恥ずかしい思いをしたんです。なぜなら、実際の日本はまだまだアナログだから。

例えば都バスって、私のような車椅子ユーザーが乗る時に、運転手さんが停留所にいる僕のそばにバスを寄せて、運転席から降りて格納庫から折りたたみ式のスロープを取り出して広げて、設置してくださるんです。さらに車内の椅子を2席ほど跳ね上げてスペースを作らなきゃいけない。そこにお客さんが乗ってらっしゃったら、立っていただかないといけないわけですよ。その方は、脚が悪い高齢者かもしれない。


ーー気まずいですね。


全部でかかる5分間くらい、車椅子の人は、本来は何も悪くないはずなのだけど、気を遣ってずっと謝っていないといけない。

ヨーロッパのバスはどうかというと、運転席にあるボタンを押すだけでスロープが出てくるんです。さらに座席のない専用のスペースがあるのでそこに乗り込めばいい。30秒ぐらいで済むんですよ。

昨年、日本で車椅子ユーザーがバスに乗ろうとしたら、運転手の方に「30秒後には発車するので乗せられません」と乗車拒否されたという話がワイドショーで取り上げられていましたが、ヨーロッパだと間に合うんですよ。30秒後でも。

そういうところこそ税金を使うべきだと思うんですよね。全員が得をするでしょ。運転手さんは降りてこなくて済む、乗客も待たされも立たされもしなくて済む、車椅子の人は誰にも謝らずにスムーズに乗り込める。


ーーテクノロジーを使ってどう社会と接するかということを発信するのは、乙武さんじゃないとできないですね。


バスの仕組みも、さきほどの分身ロボットも、特別ハイテクなわけじゃないんです。すでにある技術を社会に実装していくだけで、色んな人が楽になれる。固定概念を取り払って、どんどんテクノロジーを実装していくことの後押しができたらいいと思ってるいます。



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