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  • 執筆者の写真笑下村塾

木村響子さんが「厳罰化」の先に求めること SNS誹謗中傷の深刻さ

2020年、5月23日、元プロレスラー木村花さんは22歳の若さで亡くなりました。自殺の引き金は、出演していた恋愛番組「テラスハウス」をきっかけに起きたSNSでの誹謗中傷でした。「罪が軽すぎる」。そう訴える花さん母、響子さんは、誹謗中傷した人を裁判で訴えながら、新たな取り組みを始めました。NPO法人「Remember HANA」に込めた思い、「厳罰化」によって求めることについて、笑下村塾のたかまつなながお話をうかがいました。




元記事はこちら


正義感で誹謗中傷する人がたくさんいる

――今まで、どのような誹謗中傷が花さん、響子さんの元に来ていたのですか? 花には「死ね」「消えろ」「地獄に落ちろ」「テレビに出るな」「プロレスのスポンサーの会社に連絡するぞ」「こんな性格の悪い女、誰も好きになる訳ないからさっさと消えろ」というような人格批判が来ていました。 私には、アンチのグループがいて、私を毒親と決めつけて、「花の自死の原因は、母親であるお前にある」と、だから自分の誹謗中傷は正しい批判なんだと正当化している感じがします。 正義感で誹謗中傷する人がたくさんいるんです。正義による批判のつもりかもしれないけど、それが生きることを追いつけられるぐらいのダメージを受ける可能性があることを知ってほしいです。 数が多いので、分かりやすく刑事罰にできそうなものをピックアップしてやっています。すると、こういう言葉で起訴されたニュースを見て、今度はそれを使わない悪口を使ってやってくるんです。毎日、毎日されるので本当に大変です。 裁判をして、ニュースになることで、「死ね」という言葉だけではなく、こういう言葉もダメなんだと伝わることが大事だと思っています。


相手を特定できても……

――誹謗中傷に対して裁判で訴えることは、どのぐらい大変なんでしょうか。 誹謗中傷した人を訴えるのに、3回裁判が必要なんです。 例えば、twitterで誹謗中傷があった場合、1回目の裁判は、twitter社に対して、 誹謗中傷した人がどんな回線を使ったのか特定するため(IPアドレスの開示)にします。これが30~40万円ぐらいかかります。裁判所が認めれば、 IPアドレスを開示してもらえます。 ただし、利用者がアカウントを削除してしまうと、1カ月ぐらいでログがtwitter社からも消えてしまうので、利用者を特定する手立てがありません。なので、SNS事業者に対して、ログの保存を長期化することを法律の中に盛り込んでほしいとも思っています。 IPアドレスが分かった場合、ドコモやauなどのサービス事業者は、利用者に「契約者情報を開示していいか」と連絡をします。ここで認める人は、罪の意識があるから、罪を軽くしたいと考えている場合が多いです。ですが、ここで認める人は少ないです。 本人が開示を拒否した場合は、2回目の裁判になります。これは、ドコモ・auなどのサービス事業者に対して、誰が使っていたか特定するためにします。費用は、20~30万円ぐらいかかります。そして、裁判所が認めれば、使用者を開示しています。 3回目の裁判で刑事告訴などをします。相手を運良く特定できたとしても、今の法律では、刑事裁判の場合、30日未満の拘留、または1万円未満の科料しかとれません。科料といのは警察が受け取るものなので、被害者がもらえるものではありません。なのに、裁判をするのに、100万円近くかかっています。ちなみに、民事訴訟による賠償金は今現在、加害者の方から1円ももらっていません。 ――かなり費用も、かかりそうですね。 去年から今までの弁護士費用だけで、BPOなどに対して行っている分も含め、800万円ほどお金がかかりました。私と、花の祖母のもちだしや、花のグッズを買ってくれた人の利益から出しています。 「娘の名前を出して、お金儲けをしている」と言われたり、花の命日に開いている花が好きな食べ物を食べる「花会」は、「使途不明金だ」と、ハッシュタグをつけて投稿されたりなど、精神的にもすり減ります。 「自殺する」というメンションを1日50件ほど投稿してくる人もいて、それが「殺す」に変わったら怖いと感じ、セキュリティーを確保するために引っ越しもしたので、その費用などもかさみ大変です。




謝罪してきた人、あえて刑事告訴

――特定できた人は、どういう人なんですか。 最初に特定できた大阪の人は、「心から申し訳ない」という連絡をもらいました。なので、刑事告訴するかどうか悩みました。ですが、罪の意識にさいなまれていたので、罪と向き合って償ってもらったほうが、リスタートしやすいと思ったので刑事告訴しました。 前科がつくことの重みや、警察や検事の取り調べで、十分罪と向き合えると思ったので、民事訴訟で損害賠償を請求することができますが、それはしませんでした。ただ、刑事裁判で科料が9千円は安いと思いますが。 花が亡くなった後に、「地獄に落ちろ」と投稿した長野県に住む人は、連絡がつかなかったので、民事訴訟をすることにしました。その人は、1回目の口頭弁論に欠席し、弁護士も立てていませんでした。損害賠償を294万円で請求しましたが、相手に支払い能力がなければ、1円もとれない場合もあります。刑事訴訟も考えましたが、死者に対する名誉毀損の範囲が今の法律だとあまりにも狭いので、当てはまりませんでした。亡くなった後は、本人がいないので、遺族として、「遺族が家族を悼む権利」に対する不法行為を訴えることができます。 これもニュースになった時に、「お金目当てでやっている」と散々言われましたが、今までの持ち出しの費用に消えてしまいます。


罰金が高ければ意識は変わる

――今回、侮辱罪の厳罰化を法務大臣の上川陽子さんに求める署名活動をインターネット上で始めましたが、それはなぜでしょうか。 侮辱罪の罪が軽すぎます。前科が付くことを踏まえても、抑止力になっていないです。また、被害者は、うつ病になったり、命を追い詰められたりするので、被害者が受けた重みと釣り合いません。 そもそも、侮辱罪が作られたのは、明治時代に作られたもので、人前で悪口を言われるものを想定しています。世界中に一瞬で拡散される時代にあっていないと思います。たくさんの人が軽すぎると考えていて、政府もおかしいと思っていて、法務省でも、話は出ています。ただ、それが「いつ」という話は出ていません。たくさんの人を助けることができるので、早急にしてほしいです。 ――厳罰化とは具体的にどういうところを想定していますか。 今は、前科がつき、科料は9千円です。金額を高くしてほしいです。どれぐらいだったら抑止力がうまれるのか議論してほしいです。他の国をみると、シンガポールでは約40万円以下の罰金、アラブ首長国連邦では約1420万円以下の罰金など高額な国もあります。 ――厳罰化することで何が変わると思いますか? 罪の意識をもってもらうことで、抑止力になると思います。今は、前科を気にしない人からすると、言いたい放題の状態です。ネットでの誹謗中傷による侮辱罪が9千円で、交通違反や駐車違反より安いのは疑問に思います。 罰金が高ければ、意識は変わると思います。人を殺せるものだから、もうちょっと抑止力のために、罰金を高くしてほしいです。 厳罰化することで、事業者も変わってほしいです。ドイツは、事業者であるプラットフォーム側が差別やフェイク、違法な発言を24時間以内に削除しないと、プラットホーム側に罰金が科せられます。侮辱罪の厳罰化とあわせて、政治家に話を聞いてほしいです。

月10通は届くメール

――若い子からの相談も響子さんの元にたくさん来るそうですね。 元彼に逆恨みをされて、写真や住所、電話番号をSNSに載せられてしまったというものです。削除申請をプラットホーム側にしても、時差がありますし、すぐには消えません。親にも先生にも言えないし、どうしたら良いかという相談が来ました。 そこまで大きな事だと、「大人の力がないと身の危険があるから、相談できる先生に相談して、親御さんに伝えてもらって、警察に行ってね」とアドバイスしました。恋愛のもつれは、若くて、やってしまうことが多いと感じます。あとは、「花さんに誹謗中傷をしてしまって、ごめんなさい」という謝罪もいくつかあります。 月に10通ぐらいメールで来ます。個人情報をさらされた件は、中学生だったので緊急的に連絡はとりましたが、専門家ではないですし、アドバイスが絶対に正しいとは言い切れないので、すべてを個別には対応できません。 被害者の方に具体的なアドバイスをするというより、法務省の相談窓口や民間のあまり知られていない窓口など、困っている人に情報を伝える橋渡しを私はやりたいです。




被害をなくすため作ったNPO

――リテラシー教育に取り組むNPOを作られるそうですね。授業をやったとうかがいましたが、手応えはどうでしたか? 小学校6年生に授業をしました。授業では、板橋雅弘さんの『パパのしごとはわるものです』という絵本を使いました。お父さんがプロレスのヒール役という本を読んでもらって、私を紹介してもらいました。私が現役時代にされた誹謗中傷の話をしました。 「お前の家族を夜道で襲うぞ、夜道に気をつけろ」などと書かれたと話したら、「ひどすぎる」と子どもたちは言ってくれました。その後に、「なんで誹謗中傷をしてしまうんだろう」ということについてグループごとに、皆で考えました。子どもたちから「誹謗中傷は変な正義感でやっているのではないか」という声が出て驚きました。 私から花の話はしませんでした。子どもたちにショックが大きいのではないかと、教育プロジェクトチームで話し合った結果です。 授業が終わり私が帰った後で、校長先生から「木村響子さんには娘さんがいて…」とお話ししてくださりました。今後の授業については、教育プロジェクトチームで議論を重ねていきますが、花のことを授業でお話しすることも考えてはおります。 授業を通して、皆で誹謗中傷をする人の心を考えてほしかったです。今のネット上では、加害者が次の被害者になることもあります。加害者が減ることで被害者が減ります。だから、子供たちを加害者にしない教育をすることが大事だと思っています。 まだ若くて善悪の判断がつかないうちに、加害者になり、前科がついてしまうのはよくないと思います。知らないだけで加害者になることは防ぎたいです。 そのあと、子どもたちから感想をもらいました。子どもたちなりに花のことに心を痛めてくれたり、誹謗中傷をする人がどうやったら減るのか考えてくれたりした子もいました。

表現の自由、国民を守るためにある

――誹謗中傷をなくすために、侮辱罪を厳罰化することで、悪用されるリスクは考えられないでしょうか。例えば、一部の政治家や偏った主張をする活動家などが、制度を悪用する可能性もありますよね。正当な批判なのに、「侮辱罪だ!」と訴訟をして、世の中の空気を萎縮させることにつながる可能性も考えられます。 本来、表現の自由は国民を守るためにあります。その国民が、誹謗中傷が取り締まりにくいせいで、危険にさらされるのは、あってはならないことだと思います。 そもそも、日本人は、批判と人格否定を分けることが苦手です。政策に対する批判はいいけど、人格否定は私はダメだと思います。だからこそ、教育が必要だと思います。 ――表現の自由と、誹謗中傷の境目は誰が決めるべきだと思いますか? そこは、判例を積み重ねていって、自然と結論が出ると思います。 ――ネットの自由さを失わず、傷つく人をケアできるバランスについて、どう思いますか? 教育が大事になると思います。例えば、私のアフロの外見で揶揄する人がいますが、人の見た目について、あれこれいうことは行儀の悪いことだと教育することが大切です。 ――厳罰化することで、本当に効果があるんでしょうか。 厳罰化することの効果がどのくらいあるのかは、正直分かりません。ただ、飲酒運転が参考になると思います。 1999年、東名高速で、飲酒運転のトラックが家族の車に突っ込んで、車内に取り残された子どもたちだけが亡くなったことがあります。「飲酒運転の罰が軽すぎる」と両親が訴えて、厳罰化されました。 それまでは、飲酒運転を気楽な感じでやる人もいましたが、厳罰化されたことによって、今は飲酒運転する人が減りました。誹謗中傷にどれだけ当てはまるかは分かりませんが、私は、有効だと考えています。


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