※共同通信配信の有料メディア向けコラムから転載(2023年10月30日配信)
スウェーデンが日本と比較して「若者の政治参加先進国」であることは、これまで実例を挙げつつ何度も指摘してきた。子どもたちが、大人たちからの信頼を基に、自分たちのことを自分たちで決める学校運営をしていること、すなわち「学校内民主主義の浸透」も優れた主権者教育になっている。
生徒代表者に自分たちの思いを託す。信じているからこそ学校内民主主義が成り立っている。身近な実感があるから、現実社会の行政や政治家に対する信頼も高い。
一方で、高校生たちと話して気付いたのは、バランス感覚も兼ね備えていることだ。自分たちの代表者である政治家も、同じ人であるからこそ「信頼しながらも疑う」というリアリズム。
「政治家はうそをつくし、情報を自分が伝えたいようにねじ曲げる。情報は、誰がどんな目的で言ってるのかを見極め、1次情報を探せばいい」と厳しい言葉を耳にした。彼、彼女らは授業で、批判的に資料を読み解く方法を学習していた。民主主義は、批判的思考により支えられる。スウェーデンで実践されている「批判的授業」を、ストックホルム郊外の高校で取材した。
その情報は信頼できるのか?
この地域で教師を25年ほど務めるウーラ・アンデション氏に授業内容の概略を説明してもらった。スウェーデンの高校カリキュラムでは総合学習の「高校プロジェクト」が必修になっている。3年次に提出する小さな研究リポートでは、情報源の発見、質問による掘り下げと批判的検討などを含む小規模な調査を練習する。アンデション氏も実際に生徒を指導している。
選挙前は、テレビ討論を見て、誰が最も信頼できるか、また、誰が最も優れた議論をしているかをクラス全体で話し合う。政治家の発言を批判的に見る力を身に付ける授業だ。また、アンデション氏は新聞記事を取り上げて生徒たちに議論させていた。
「スウェーデン民主党のトロールファクトリー(インターネット上に多数の偽情報を発信するために設立された組織)についての記事を取り上げて、『これをどう思いますか?』と問いかけました」
記事はスウェーデン民主党の党員が、他の政党に不利になるような情報を流すため税金を使って人を雇いフェイクニュースを流していたという告発だ。授業では、この記事を掲載した大手一般紙「ダーゲンス・ニュヘテル」は信頼できる情報を流しているのかどうかを議論したという。このように日頃からさまざまな情報素材を使って、物事を批判的に考えてみる教育を実践している。
若者の投票率の高いスウェーデンで、どのように生徒たちに選挙への関心を持ってもらうようにしているのか尋ねてみた。アンデション氏は、生徒たちに身近に感じられる事柄を取り上げて議論させることが重要だと教えてくれた。
「私が『選挙にいくように』と伝えることは無意味です。そうではなくて社会での問題や対立を取り上げて、自分たちに何ができるのかをはっきりさせ、実際に関わっていく方法を考えさせるのです。年金の話はあまり取り上げませんが、学校教育について私立学校、福祉について、成績のF(不合格)をなくす議論など、そういった(身近な)ことを取り上げます」
物事をどう見極めるか?
私から生徒たちにニュースや政治家をどのように見ているか質問した。ある生徒は、ニュースを見るとき、まずは情報源を見極めると話してくれた。
「そのニュースの出どころによりますね。TikTokだと国営テレビよりも批判的に情報を見るでしょう」
別の生徒は政治家の発言についても、そのまま受け取らないことが大事だと述べた。
「その人の意見によります。反対の立場で考えてみることを授業でたくさん学びました。常に多くのニュースに触れているため時間をかけて考えることは自然なことだと思います」
他の生徒も「政治家はうそをつくことがある」や「政治家の話やニュースには偏りがある」と付け加えた。
取材では、物事をさまざまな角度から見ることが当たり前のように生徒たちの身に付いている様子がうかがえた。
1次情報を確かめる
ニュースや政治家の発言を批判的に見るべきだとは分かっていても、実際には難しい。生徒たちはどのような方法で物事の裏表を見極めているのだろうか。正しい情報かどうか疑ってみるにはどうするのか聞いたところ、授業で習った内容が生かされていることが分かった。
「学校で学んだことなのですが、誰の発言なのか、発言の理由や目的そしてそのニュースは1次情報なのかそれらを確認することが重要です」
政治家の発言を具体的にどのように疑うのかも聞いた。
「他の情報源や記事を探してきたりその発言に関する研究データを調べたり。その政治家の発言を追っていくと単に論理的な矛盾を発見することもあります。例えば政治家が犯罪に関する主張をしたとします。背景になる1次情報を元にすれば、発言の正当性を評価することができます」
別の生徒は、政治家の発言が正しいか確かめるに当たって、彼らに直接質問することも妥当な手段だという。
「実際に犯罪に関する質問をすることもできます。例えば犯罪を防止するにはどうすればいいかと質問し妥当な回答が得られるかみてみましょう。満足のいく回答が得られなければ『その発言は間違っています』ということができます」
メディアや政治家の発言をうのみにせず、自らその情報の真偽を確かめる姿勢が備わっているようだ。
模擬選挙に備えて情報収集
取材では、次の日に行われる予定だった模擬選挙についても別の女性教師に聞いてみた。模擬選挙では国政政党8党と地元政党の政治家が来校する。直接、質問した上で、投票ができる貴重な機会だ。
「生徒たちは自分の興味のある事柄を質問できます。みんなが気になるテーマを尋ねることもできます。一方で、何を基準に投票すればいいのか分からない人もいます。そんな人は『あなたに投票すべき理由は何ですか?』と聞くのです。そう言った質問もあると思います。生徒の中には18歳未満でまだ投票できない人もいます。そういう生徒にとってはこれは準備期間なのです」
当日のスケジュール表を見せてもらったところ、満遍なくさまざまな意見が聞けることが分かった。
「右派の政治家も左派の政治家も来ることになっています。異なる政治スタンスの政治家を呼んでいます。例えばリベラル派の人ばかりが発言しないようになど生徒たちが多様な意見を聞けるよう配慮しています」
スウェーデンでは若者の投票率が8割を超えるが、その高さは生徒たちの「批判的にものをみる姿勢」に支えられていると思う。SNSなどのメディアが若者の生活に大きな影響を与える現代ではとても重要なことだ。今回取材に協力してくれた生徒たちのように、ニュースや政治家の発言を多角的に考察する教育が、主権者としての土台を作っていくのではないだろうか。
授業の模様は「YouTubeたかまつななチャンネル」でも見ることができます。
☆たかまつなな 「笑下村塾」代表、時事YouTuber。1993年、神奈川県横浜市生まれ。大学時代に「お嬢様芸人」としてデビュー。2016年に若者と政治をつなげる会社「笑下村塾」を設立、出張授業「笑える!政治教育ショー」「笑って学ぶSDGs」を全国の学校や企業、自治体に届ける。著書に『政治の絵本』(弘文堂)『お笑い芸人と学ぶ13歳からのSDGs』(くもん出版)がある。