社会問題の解決を目的とする取り組みを、持続可能な事業として展開する「ソーシャルビジネス」。笑下村塾は、お金になりにくいと言われている「政治を若者に伝える」という分野で、ソーシャルビジネスに取り組んでいます。ですが、高い志を持ってしても、実際にビジネスとして成功しつづけるには苦労が多いもの。
そこで今回のテーマは、「儲かるソーシャルビジネスの作り方」。
ゲストは株式会社ボーダレス・ジャパン代表取締役社長の田口一成さん。設立12年目にして年商49億円、世界各国で合わせて約1000人の従業員を抱え、世界11か国・32社のソーシャルビジネスを展開するなど急成長を遂げており、田口さんは今年の日経ビジネス「世界を動かす日本人50」やForbes JAPAN「日本のインパクト・アントレプレナー35」に選ばれるなど経済界でも注目されています。
ソーシャルビジネスの常識を覆すビジネスモデルは、どのようにして出来上がったのか?
その神髄に迫るべく、vol.1では、会社の運営スタイルや田口さんの経営哲学、原動力などについて笑下村塾のたかまつななと相川美菜子がお伺いしました。

10億円稼ぐ社会起業家を1000人育てる
■「利益の1%を社会貢献や寄付に回す」という考え方では回らない
―「社会課題を解決するために使うお金がどんどんなくなる。ならば、1兆円稼ぐ会社を作って、100億円を社会貢献に回したらいいんじゃないか」と前に、おっしゃられていました。その考えは現在も同じですか?
一番最初はNGOをやろうと思ってたんですが、先にやっている人たちは「お金がなくて困っている」ということだったので、「お金の方からバックアップできる人間になろう」と思ったのがビジネスのきっかけです。
そこで、利益に関係なく売り上げの1%をNGO活動している人たちに回すための会社を作ろうと考えました。
でもやってみると想像と違った。1年頑張って3000万円稼いだら、その売上の1%は30万円。稼ぐのはめちゃくちゃ大変なのに、少なくて悲しいですよね。じゃあ300万円にしたら? と言われても現実的に難しい。
■ビジネスは金稼ぎの手段じゃない、問題を解決する手段がビジネスだ
その頃、外国人の部屋を仲介する不動産仲介の仕事をしていたんですが、10年前は今より入居拒否が多かった。せっかく日本に来てくれたのに人種差別はダメだよね、ということで、今ほど浸透していなかったシェアハウスを作ったんです。その時、今までは金稼ぎの手段だと思っていたビジネスが、本当はそうではなく、解決そのものの手段なんだ、と思いました。
そこからは、目標は1兆円のまま、1つでも多くの事業をどうやって作っていこうか、という考え方になりました。10億円くらいの事業をやりたい人を1000人集めたら、合計1兆円じゃん、と。10億円は簡単じゃないけど無理じゃない。そして、この規模の事業をしたい人はめちゃくちゃいっぱいいる。

■「意識高い系」で終わらせないために結果を出す!
社会貢献ってどこまでもマイノリティ扱いだし、分かりやすく言うと「意識高い系」って言われて終わりなんです。それを超えたところに持っていくためには、売上利益というメインストリームで、1回は「あいつすごいね」って認識されないと「儲ける力がない奴が、社会貢献って言ってごまかしてる」と言われてしまう。数字として結果を出す方が、発信力がつくと思いました。
ただ、1兆円というのは一つの目安として言っているだけで“社会起業家を千人、万人に増やす仕組みをどう作るか”というのが僕の本当の関心事です。
■千単位の事業で社会を動かす
―いくつ事業を作れば社会が変わると思いますか?
何千個単位で生まれてくる状態でないとダメだ、という感じがすごくあります。
―田口さんはその中でどれくらいやりたいですか?
20~30年内で何千個を作ろうと思っています。少なくともその素地を完璧に作り上げたい。
―その影響範囲は世界全体?
そうです。社会問題があった時に事業として作るために、サポートするシステムが必要、というのが僕の考え方です。例えば、起業の敷居を低くするアカデミー※という教育システムを作りました。そして、ボーダレス・ジャパンは、企業のセーフティネットの役割を果たす存在です。具体的には、各起業家に対して、資金と人材の両面からサポートしています。投資をするだけでなく、起業家たちが自由に活動できるように、経理や法務、総務などを全部こっちで請け負う、つまりバックアップの役割を担っています。グループの他の会社の人たちは、プログラマーとか営業マンとか、事業活動に直接必要な人たちだけ雇えばいいようにしています。
※「ボーダレスアカデミー」…後に解説

1年半したら絶対に黒字化させる
―現在32の事業がありますが、全部黒字なのでしょうか?
いや、全然。ただ、時間が経ったら黒字化します。最近バーッと立ち上がり始めたところなので、1年半位は見ています。
―でも1年半で黒字化しているんですね。
早くて1年、大半は1年半で黒字化します。
事業成長に必要な資金はしっかり提供する。そうしないと、稼ぐために他の仕事をやらなければならない。せっかく社会起業家として実現したいテーマがあるのに、別の仕事ばかりしていたら、社会の損失です。僕は25歳の時に会社を立ち上げて、本当に食うための仕事ばっかりやっていた。これからの人が僕と同じ道を通らなくて済むようにしてあげたい。それが今ボーダレス・ジャパンをやっている理由でもあります。

1人だったら絶対にやらない人を集める
同社では、社会起業家養成所「ボーダレスアカデミー」も運営。受講者は同社が蓄積した起業のノウハウを 学びながら、準備するもよし、違う道を探すも良し。この仕組みは吉本興業のお笑い芸人養成所「NSC」がモデル。芸人になりたいと考える人がNSCで学びながら、芸人を目指すのか別の道に進むのか、今後の方向性を見出すようなスタンスで、起業に臨んでもらいたいと考えている。
「通学コース」(東京、福岡)では4か月に渡って授業やビデオ視聴による学習を受けられる。講師は田口さん(福岡校)をはじめとする、様々な分野の第一線で活躍する注目の起業家や経営哲学の専門家たち。利益目的ではなく本気で起業してほしいからこそ、卒業後6か月以内に起業したら授業料20万円が全額返金されるほか、卒業後もアカデミー生ネットワークの維持や定期的な勉強会も開催するなどサポートも充実。
―アカデミーでは特別なノウハウを教えているのでしょうか?
ボーダレスが作り上げてきた、ソーシャルビジネスを立ち上げる独自のメソッドを教えています。これはどの起業やマーケティングの教科書にも載っていない。ただ、社会起業家の卵たちが必要としているのは、ノウハウもですが、コミュニティなんです。「何が儲かるか」を超えて「社会のために何かしたい」という素直な気持ちで、起業の在り方を語ったり教えあえるコミュニティがない。
―コミュニティが大事な理由は何ですか?
不安。
―やっぱり、そこなんですね。
僕や(笑下村塾の)お2人みたいな「やってみなきゃ分からない」という能天気さがある人はやっちゃう。でもほとんどの人はもっと真面目で、人生のことをちゃんと考えている。そういう人はなかなか一歩が踏み出せない。
―そういう人でもソーシャルビジネスができるというのが逆に素敵ですね。
それが大事だと思います。
マイクロアントレプレナー(スモールビジネス起業家)みたいなのがいいなと思ってます。今までだと、モンスター企業を目指さなければいけないというのがあったじゃないですか。
―上場とか。
それもいいけど、これからの時代はそうじゃない。幸せの定義は絶対数の大きさではなく、どれだけストレスなく生きていけるか。色んなことに自律分散化した社会の方が幸せだと思うんです。
結果的に大きくなるのはいいですが、目指す必要はない。2、3人でああでもない、こうでもないっていう仕事は楽しいですよ。
■スイミーのように小さい「個」が集まる大きな群を
「Small is beautiful」「小さいことはいいことだ」と僕はいつも言っています。一人ひとりは特定の課題と向き合ってやるべきことを磨き込む。そういう人たちが集まって、「あなたが作ろうとしているものは素晴らしいね」「日本中に届けたいって素晴らしいね」など互いに尊敬し合って、問題の解決方法を一緒に考えられる関係性がいいなと思っています。小さいままだとやっつけられちゃうので、スイミーのように群をつくるのが大切なんですよね。

■起業したくない一番の理由は、孤独だから
小さくてもいいんだ、という考え方をすると、普通の人がアクションプランとして起業という形にどれだけ落とし込めるか、が大事かなと思います。ただ、独りぼっちではできない。人が企業にいる理由は、寂しいからなんですよ。起業したくない理由は、孤独だから。
自立しながら孤立しない場所を作ろうとした時に「コミュニティ」という言葉が出てきます。それを強くしたものがボーダレスグループです。
―従来の起業とはちょっと違いますね。
違いますね。ボーダレスは一人一人が自立した起業家でありながらも、みんなで助け合うコミュニティをとても大切にしている社会起業家の集まりです。
驚愕の定款――株主なのに配当ゼロ!?
―ソーシャルビジネスで利益を出すことは、やはりすごいと思うのですが、すでに海外、あるいは他の業種でモデルケースなどがあるのでしょうか?
海外も含めて、他は全く知らないんですよ。参考にしている会社もなく「自分が起業家だったらこうしてほしい」みたいなことをずっと実験している感じです。
うちがすごいかは分かりませんが、変な欲は持っていないと思います。例えば、ボーダレスグループはおそらく時価総額100億円くらい、利益や成長率を考えるともっと高いでしょう。でもグループのほとんどの株主である僕は、配当は1円も貰えないんですよ。
憲法前文があるように、会社の定款に前文を作ったんです。「ボーダレスで出た利益について株主配当を一切してはいけない」そして「出た利益は社員の福利厚生と新たなソーシャルビジネスへの投資のみにしか使えない」と書いています。
さらにグループ会社の社長たちの給料は、所属する会社の一番年俸が低い人の7倍以下というルールがあります。例えば社内で一番低い年俸の人が200万だったら、どれだけ儲けても1400万円がマックス。3000万円欲しいなら、初任給の一番低い人に430万円払えるくらいの体質だったらいいよ、と。
財布をあえて同じにする
■「恩送り」でお金を回す
ボーダレス・ジャパンは、便宜上、グループ会社全ての株式を持っています。だから各社で余剰利益が出たら、ボーダレス・ジャパンという「共通の財布」に入れて、その利益で次の人が新規事業を立ち上げるサポートをする。 これを僕らは「恩送り」と呼んでいます。例えばたかまつさんが事業を始めたら、マーケターといった人だとかお金が必要になった時に、無償でサポートする。その代わり、利益が上がって余剰し始めたら、今度は出す側に回って次の人をサポートしましょうね、と。この循環システムの事務局がボーダレス・ジャパン。だから、そこにいる僕が変な権利意識を持っていると、間でお金をピンハネされちゃうので、僕にお金が一切入らない仕組みにしました。

―そのスタンスで割り切れる人は、なかなかいらっしゃらないですよね。
「自分の人生を何に使う?」
―田口さんが事業を始めるきっかけは何だったのですか?
貧困問題について知ったことが最初のきっかけでした。テレビで知ったんです。
―それまでも貧困について知る機会はあったかと思うのですが、なぜその時の田口さんに深く刺さったのでしょうか?
1つはタイミング。大学生になって、ちょうど「これから自分の人生を何に使おうかな」という生き方を探しているタイミングだったのは大きいと思います。でも、僕には特別好きなものがあったわけではなかった。だから人生の使い道を探しに行くモードに入っていたんです。
僕自身が何をもって自分として満足できるかを考えてみたら、思い浮かぶのは「人に貢献できること」でした。そんな時に貧困問題をたまたまテレビで見たので、自分に刺さったのだと思います。
このために自分の人生使うんだったら納得感あるぞ、と思ったのが最初の始まりです。
好きでやるからこその犠牲
―私は「社会を変えたい」という気持ちはすごく強くあるんですけど、自分を犠牲にしているなと思うんです。時間とかお金とか。田口さんはいかがですか?
犠牲でしかないのかな。ゴールデンウィークだって、家族といてもずっと仕事の電話が世界中からかかってくるしね。
―お休みも関係なく…。世界中というのがすごいですね。
僕の懐が儲かるような仕組みになっていないから、僕はいまだに賃貸マンションで暮らしているし、大した貯金もない。
自分のお金とか時間のために、と考えたらもっと他のやり方もあるんでしょうね。でも、単純に好きでやっているだけ、といつも思っているので。
たかまつさんも、好きでやっているんでしょう?
―そうですね。
それは人のけじめとして大切だと思っていて。
「嫌だったら他行けよ」って自分自身に対していつも思っています。「好きでやっているから、いいじゃん」という感じ。欲張って何でもかんでも上手に、って難しいじゃない?(笑)
―vol.2では笑下村塾へのアドバイスをいただきます。
ボーダレス・ジャパン 田口一成さんインタビュー
vol.2 笑下村塾が儲かるには?